石敢当の起源はよく分からない[1]。
我鬼は佐佐木味津三の文を『猥談』を名付けるように勧める。佐佐木は受け入れる。語り手は佐佐木の才能を評価し、『猥談』と呼ぶのは見る目がないと言う[1]。
江口はプロレタリア文学を書いている。盛り上がるにしたがって、プロレタリアに転向する人々を江口は「赤大根」と揶揄した。語り手は、プロレタリアの増加はロシア革命がきっかけではないかと述べる。そして語り手は、江口は自らがプロレタリアに転向させた人々に情けをかけるべきだと主張する[1]。
田中純は、昔の人とは違って文藝春秋のゴシップが卑俗だと批判する。語り手は、今も昔も卑俗なゴシップは好まれていると反論する。そして、昔の人を買いかぶることはまれではないが、今の人を買いかぶることはないと主張する。今の人を罵るのは危険だと言う[1]。