勝浦駅
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1995年12月1日ダイヤ改正で鴨川運輸区が新設されるまでは駅構内に勝浦運転区が設置されていた。現在も外房線の運行上拠点であり、当駅で折返す普通列車が多数設定されている。また特急「わかしお」の全列車が停車する。
1998年12月7日までは総武快速線・横須賀線からの直通快速が乗入れていた。翌日改正で大原駅までに変更され、さらに2004年10月16日改正で上総一ノ宮駅までの運転に短縮された。その代替として上総一ノ宮駅 - 大原駅・当駅間普通列車が運転されている。
また、2024年3月15日までは京葉線経由の通勤快速が朝の上りと夜の下りにそれぞれ1本ずつ運転されていた(土曜・休日は快速。東京駅 - 蘇我駅 - 誉田駅間は東金線経由成東駅発着列車と連結して10両編成、誉田駅 - 当駅間は6両編成運転)が、翌日の改正で普通列車に変更され、上総一ノ宮駅までの運転に短縮された。
1993年7月2日ダイヤ改正から特急「わかしお」の一部が当駅から安房鴨川駅まで普通列車扱いとなった。
2008年1月25日 - 1月27日には当駅 - 館山駅間でD51形蒸気機関車(498号機)牽引の臨時列車「SL/DL南房総号」が運転された。
歴史
1899年(明治32年)12月13日に房総鉄道が大原駅まで開業して以来、勝浦延伸は地域の悲願として国や県への陳情活動が活発に行われた。1910年(明治43年)2月19日には衆議院・貴族院に請願書を提出しており、その翌年より実測が行われた[3]。
年表
- 1913年(大正2年)6月20日:鉄道院の駅として開設[1]。
- 1978年(昭和53年)9月30日:貨物取扱廃止[4]。
- 1982年(昭和57年)7月1日:現在の橋上駅舎が完成。
- 1984年(昭和59年)
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[1]。
- 1995年(平成7年)11月26日:御宿駅 - 当駅間複線化[6][1]。1番線ホームが増設され2面3線化。旧1・2番線は2・3番線に繰下げられる。
- 2009年(平成21年)3月14日:ICカード「Suica」の利用が可能となる[7]。東京近郊区間に組込まれる[7]。
- 2023年(令和5年)
駅構造
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線を有する地上駅。3番線山側に2本の留置線がある他、1番線下り方に保線用施設がある。橋上駅舎と南北自由通路(夜間閉鎖)を有する他、コンコースには発車標がある。
茂原統括センター(直営駅)であり、管理駅として三門駅 - 行川アイランド駅間の各駅を管理している。駅舎内には自動券売機・話せる指定席券売機[2]・自動改札機・自動精算機が設置されている。
鉄道関連施設として、JR千葉土木技術センター勝浦派出および交通建設大網営業所勝浦派出所がある。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1・2・3 | ■外房線 | 下り | 安房鴨川方面 |
| 上り | 蘇我・千葉・東京方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
- 下り列車は主に2番線、上り列車は主に3番線を使用する。
| 運転番線 | 営業番線 | ホーム | 千葉方面着発 | 安房鴨川方面着発 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 11両分 | 到着・出発可 | |||
| 2 | 下り主本線 | ||||
| 3 | 上り主本線 | ||||
| 4 | ホームなし | 不可 | 留置線、2列車留置可能 | ||
| 5 | |||||
- 主本線を発着する場合は通過が可能[8]。
- 運転4・5番線と、ホームとの入出区は、御宿方の上り本線上にてスイッチバックを行う[8]。
- 夜間は1番線に特急列車が、3番線と運転4・5番線に普通列車が留置される。なお、運転4・5番線には2列車ずつ留置される[8]。
- 改札口(2022年2月)
- 待合室(2022年2月)
- 駅ホーム(2022年2月)
- 外房線複線記念の碑(上総一ノ宮駅 ‐ 勝浦駅間部分複線化)
利用状況
2024年度(令和6年度)の1日平均乗車人員は828人である[JR 1]。近年は減少傾向が続いている。
2001年(平成13年)から毎年開催されているかつうらビッグひな祭り開催時には、当駅が最寄り駅のため混雑する。それに伴い「かつうらひなまつり号」等の臨時列車も運行される。
1990年度(平成2年度)以降の1日平均乗車人員の推移は以下の通り。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
|---|---|---|
| 1990年(平成2年) | 2,326 | [* 1] |
| 1991年(平成3年) | 2,262 | [* 2] |
| 1992年(平成4年) | 2,248 | [* 3] |
| 1993年(平成5年) | 2,205 | [* 4] |
| 1994年(平成6年) | 2,207 | [* 5] |
| 1995年(平成7年) | 2,111 | [* 6] |
| 1996年(平成8年) | 2,078 | [* 7] |
| 1997年(平成9年) | 1,918 | [* 8] |
| 1998年(平成10年) | 1,854 | [* 9] |
| 1999年(平成11年) | 1,856 | [* 10] |
| 2000年(平成12年) | [JR 2]1,831 | [* 11] |
| 2001年(平成13年) | [JR 3]1,726 | [* 12] |
| 2002年(平成14年) | [JR 4]1,610 | [* 13] |
| 2003年(平成15年) | [JR 5]1,504 | [* 14] |
| 2004年(平成16年) | [JR 6]1,435 | [* 15] |
| 2005年(平成17年) | [JR 7]1,398 | [* 16] |
| 2006年(平成18年) | [JR 8]1,416 | [* 17] |
| 2007年(平成19年) | [JR 9]1,413 | [* 18] |
| 2008年(平成20年) | [JR 10]1,365 | [* 19] |
| 2009年(平成21年) | [JR 11]1,315 | [* 20] |
| 2010年(平成22年) | [JR 12]1,270 | [* 21] |
| 2011年(平成23年) | [JR 13]1,174 | [* 22] |
| 2012年(平成24年) | [JR 14]1,212 | [* 23] |
| 2013年(平成25年) | [JR 15]1,215 | [* 24] |
| 2014年(平成26年) | [JR 16]1,173 | [* 25] |
| 2015年(平成27年) | [JR 17]1,140 | [* 26] |
| 2016年(平成28年) | [JR 18]1,097 | [* 27] |
| 2017年(平成29年) | [JR 19]1,098 | [* 28] |
| 2018年(平成30年) | [JR 20]1,071 | [* 29] |
| 2019年(令和元年) | [JR 21]946 | [* 30] |
| 2020年(令和2年) | [JR 22]585 | |
| 2021年(令和3年) | [JR 23]661 | |
| 2022年(令和4年) | [JR 24]765 | |
| 2023年(令和5年) | [JR 25]810 | |
| 2024年(令和6年) | [JR 1]828 |


