千貫石ため池
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- 1682年(天和2年)仙台藩主・伊達綱村の命により、胆沢郡相去村六原の灌漑用水源として着工。普請奉行は水沢領主・伊達宗景。初めの三年間は毎年大破したので「おいし」という若い女性を銭千貫で買い、牛とともに人柱にしたという悲しい伝説が残る[3](この池の名前の由来は「千貫で買ったおいし」から命名されていると伝わる[4])
- 1691年(元禄4年)工事完成[5]
- 1778年(安永7年)6月6日に大雨により決壊し下流に甚大な被害を及ぼした[6]ため放置されていた。
- 1924年(大正13年)旱魃による水不足を解消するため耕地整理組合が設立した。
- 1931年(昭和6年)3月31日起工
- 1935年(昭和10年)11月20日アースダムとしては竣工当時は全国最大であった。
- 1935年(昭和10年)12月1日より「六原模範農村部県営開墾計画のかんがい用水源」増堤工事を起工
- 1954年(昭和29年)県営溜池改修事業
- 1959年(昭和34年)災害復旧事業
- 1960年(昭和35年)県営千貫石老朽溜池事業から1962年(昭和37年)にかけて改修
- 1976年(昭和51年)5月11日岩手県営千貫石地区灌漑排水事業として、水路改修、堤防波返補強を起工し、
- 1985年(昭和60年)10月竣工、堤長247.5m、堤高30.7のため池となった。[7](詳細は右表)