南海30000系電車

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製造年 1983年
製造数 8両
南海30000系電車
30000系による特急「こうや
(2023年11月3日 美加の台駅 - 千早口駅間)
基本情報
運用者 南海電気鉄道
製造所 東急車輛製造
製造年 1983年
製造数 8両
運用開始 1983年6月26日
投入先 高野線
主要諸元
編成 4両編成(全電動車
軌間 1,067 mm狭軌
電気方式 直流1,500 V架空電車線方式
最高運転速度 100 km/h
設計最高速度 115 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
(山岳線内 3.0 km/h/s)
減速度(常用) 3.7 km/h/s
減速度(非常) 4.0 km/h/s
車体 普通鋼
台車 緩衝ゴム式ダイレクトマウント空気ばね台車
住友金属工業FS-518
主電動機 直流直巻電動機
三菱電機MB-3072-B7
主電動機出力 145 kW(375 V時)
駆動方式 WNドライブ
歯車比 84:17(4.94)
編成出力 2,320 kW
制御方式 抵抗制御
制御装置 日立製作所MMC-HTB-20T
制動装置 発電ブレーキ併用
全電気指令式電磁直通ブレーキMBS-2D
応荷重装置なし)
保安装置 南海型ATS
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南海30000系電車(なんかい30000けいでんしゃ)は、南海電気鉄道1983年昭和58年)に製造した特急形電車である。

高野線の山岳線区直通特急こうや号(現:こうや)」に使用されていた20000系が製造後20年以上が経過し老朽化していたため、同系の代替と輸送力増強を目的に4両編成×2本が製造された。

折しも1984年(昭和59年)4月1日から5月20日まで、高野山弘法大師御入定1150年御遠忌大法会が執り行われる予定となっており、期間中は参詣客が増加することが見込まれたため、これに合わせての導入となった。全車が東急車輛製造(現:総合車両製作所)で製造された。

20000系は1編成しか在籍がなく、検査時には「こうや号」を一般車の21000系で代走、冬期には運休としていたが、本系列が2編成製造されたことにより「こうや号」の通年運行が可能となった。また、従来は参詣輸送のピークとなるお盆期間には輸送力が不足していたが、本系列の導入により改善された。

1999年平成11年)に更新工事が実施されている[1]

構造

車体

普通鋼製車体で、山岳区間対応のため車体長は17 mである。 前面は「く」の字形に傾斜させた非貫通型で、前面窓には当時国内最大級の大形曲面ガラスと小形曲面ガラスを組み合わせたものを採用し、前面展望を良好にしている。側面には各車両に1か所ずつ折り戸を配置し、客室部分の窓には高さ790 mm×幅1,750 mmの大形複層ガラスを使用している。

塗装はアイボリーホワイト地にワインレッド帯のツートンカラーで、緑の山岳区間で映えるよう20000系のクリーム地を明るくアレンジしている。また、車号標記には新たにゴシック体を採用している。

更新工事では車体への大規模な改造工事は行われていない[注 1]が、出入口付近に列車種別・行先表示器を新設、トイレ・洗面所設備にあった窓が撤去されている[1]。また、前頭部側面には31000系と同様の「NANKAI」ロゴが追加されている。

車内設備

座席はフリーストップ式回転リクライニングシートで、脚台は床固定タイプ、背面テーブルと網袋が付く。シートピッチは1,000 mmで、先頭車両の形状の変更やトイレ・洗面所のスペース確保の影響で先代の20000系より50 mm詰められているが、1編成あたり定員は20000系と比較して4名分増加している。また中間車(M1車)にはサービスコーナーがあり、製造当初は自動販売機の対面で車内販売を行っていた。

更新工事により、31000系・11000系と同様の客室に改良されている。座席形状を変更し、自動回転機構が追加されたほか、仕切り壁上部には車内案内表示器が設置された[1]。また、トイレは31000系に準拠して洋式化、洗面所もデザインが一新されたほか、車販区画が撤去されてフリースペースとなった[1]。なお、更新工事後も車椅子は乗車自体が非対応とされているため、31000系と異なり車椅子スペースは整備されていない。

2014年(平成26年)以降には、天井照明と読書灯を昼白色LED照明に交換し、サービスレベルの向上が図られている[3]。また、後述の「赤こうや」「紫こうや」に装飾された際には赤色のヘッドカバーが新調され、装飾が解除された後も引き続き使用されている[4]

主要機器

台車は、急曲線での追従性能に優れた緩衝ゴム式住友金属工業(現日本製鉄)製FS-518形である。

制御方式は1C8M方式の抵抗制御で、主電動機は通勤形車両と共通の三菱電機製MB-3072-B7形(出力145 kW)を採用した。これにより定格速度は65 km/hに大幅向上、従来では100 km/hが限界であった設計最高速度を115 km/hにまで引き上げている。また電動機出力に余裕を持たせることで、1ユニット開放時でも山岳区間での運転継続を可能とするなど保安度の充実も図っている。制御装置日立製作所製MMC-HTB-20T形で、これをPT-4803-A-M形下枠交差式パンタグラフ2基と合わせて、番号の末尾が1または3の車両に搭載する。

ブレーキ装置は、南海の車両で初めて全電気式電磁直通ブレーキを採用した。このため、運転台は主幹制御器とブレーキハンドルをともに前後に操作する横軸式のツーハンドルとなった。また従来のズームカーと同様、平坦区間では高速走行、高野下駅以南の急勾配区間では高牽引力を発揮するため、運転台左手に「山線切換スイッチ」を設置し、走行区間に合わせた性能切換に対応する[5]

冷房装置は三菱電機製 CU-191A形(10,500 kcal/h)が各車両に3基ずつ搭載され、換気のためにロスナイを併用する。

製造当初は前面の連結器は車体下部のスカート内に収納される非常用の廻り子式密着連結器であったが、更新工事により電気連結器付き密着連結器に交換され、常時連結器が露出する外観となった[1]。また、この際に31000系・11000系との併結対応として、制御装置とブレーキ装置の小改造が行われた[1]

2009年(平成21年)には急勾配区間での落ち葉等による空転を防止するため、M1車(30101・30103)の下り方台車に増粘着剤噴射装置を設置した[3][6]

形式・編成

電動車方式で、先頭車がモハ30001形(Mc)、中間車がモハ30100形(M)となっている。

30000系編成表[7][8]
難波
極楽橋
号車 4(8) 3(7) 2(6) 1(5)
形式
 
 

モハ30001
(Mc1)
 
モハ30100
(M2)
 
 

モハ30100
(M1)
 
モハ30001
(Mc2)
搭載機器 CONTCP
MG
CONTCP
MG
定員[9] 51475151
設備[9] トイレ
洗面所
サービスコーナー
凡例
  • CONT:制御装置(抵抗制御)
  • SIV:補助電源装置(電動発電機)
  • CP:空気圧縮機
  • ◇:集電装置(下枠交差式)

運用

2025年令和7年)4月1日現在、4両編成×2本の合計8両が小原田検車区に在籍している[7][8]

1983年(昭和58年)6月26日ダイヤ改正より営業運転を開始[5]、以来、高野線の難波駅 - 極楽橋駅間を運行する特急「こうや」と、難波駅 - 橋本駅間の特急「りんかん」に使用されている。なお、1992年(平成4年)11月まで「こうや」は旧称「こうや号」、「りんかん」は公式の愛称のない特急で、通称「H特急」と呼ばれていた。

更新工事が完了した2000年(平成12年)12月23日ダイヤ改正からは、ラッシュ時に11000系・31000系もしくは本系列同士を併結する8両編成の運転が開始された[10]

2008年(平成20年)2月23日には、初めて団体列車として南海本線を走行した[11][12]。側面幕は「臨時 団体専用」表示となっていたが、先頭車は「こうや」表示のまま運転された。

2015年(平成27年)3月には高野山開創1200年を記念して30001Fに「赤こうや」、30003Fに「紫こうや」のラッピングが施され、2016年(平成28年)2月まで運行された[13][14][15][16]

2022年令和4年)5月27日午前0時20分頃、小原田検車区内で30001Fのうち極楽橋方の2両(30101・30002)が入換中に脱線した[17][18]。このため車両の修繕期間中は「こうや」の運行本数を減らしていたが、2023年(令和5年)4月29日に30001Fが復帰[19]、「こうや」も通常運転に戻された[20]

2026年(令和8年)3月28日のダイヤ改正を以て、ラッシュ時の特急「りんかん」は4両編成のみで運転されるようになったため、本系列の併結運用はすべて消滅した[21]

編成表

2025年(令和7年)4月1日現在[7][8]

難波
極楽橋
モハ
30001

(Mc1)
モハ
30100

(M2)
モハ
30100

(M1)
モハ
30001

(Mc2)
竣工[5]備考
30001301003010130002 1983/05/19
30003301023010330004

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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