奈良県警察
奈良県の警察組織
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沿革
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 新警察法施行に伴い、奈良県警察発足。
- 1965年(昭和40年)3月 - 警察本部庁舎新築。
- 1967年(昭和42年)7月 - 警察学校新築。
- 1976年(昭和51年)7月 - 警察本部第2庁舎新築。
- 1981年(昭和56年)3月 - 交通管制センター運用開始。
- 1984年(昭和59年)11月 - 奈良西警察署新設。
- 1985年(昭和60年)11月 - 西和警察署新設。
- 1996年(平成8年)8月 - 新警察本部庁舎開庁。シンボルマーク、マスコット(ナポくん[注 1])の制定。
- 2008年(平成20年)3月 - 御所警察署を高田警察署に、十津川警察署を五條警察署に統合。香芝警察署新設。
- 2014年(平成26年)3月 - 田原本警察署を天理警察署に、宇陀警察署を桜井警察署に統合。中吉野警察署が(旧)吉野警察署を統合したうえで(新)吉野警察署に改称。総合企画課、留置管理課、子供・女性・高齢者安全対策課を新設。
- 2015年(平成27年)9月 - マスコット(ナピちゃん)の制定。
- 2016年(平成28年)2月 - 子供・女性・高齢者安全対策課を人身安全対策課に改称
- 2017年(平成29年)3月 - サイバー犯罪対策課、捜査支援分析課を新設。組織犯罪対策第一課および組織犯罪対策第二課を統合し、組織犯罪対策課を新設。総合企画課を廃止。
- 2018年(平成30年)3月 - 自動車警ら隊を廃止、警備第三課を新設。
- 2024年(令和6年)3月28日 - 奈良西警察署管轄区域のうち、一部(大和西大寺駅界隈およびその周辺区域)を奈良警察署に移管[1][2]。
本部組織
データ
警察署
| ※ | 地域 | 警察署名称 | 所在地 | 管轄区域 |
|---|---|---|---|---|
| 奈良 | 北和 | 奈良警察署 | 奈良市大森町 | 奈良市東部(都祁地区を除く)と中央部の大半 |
| 奈良西警察署 | 奈良市学園南三丁目 | 奈良市中央部の一部と西部 | ||
| 生駒警察署 | 生駒市東松ヶ丘 | 生駒市 | ||
| 郡山警察署 | 大和郡山市杉町 | 大和郡山市 | ||
| 天理警察署 | 天理市田部町 | 天理市、奈良市都祁地区、山辺郡山添村、磯城郡川西町 | ||
| 飛鳥 | 中和・宇陀 | 磯城郡三宅町、田原本町 | ||
| 橿原警察署 | 橿原市四条町 | 橿原市、高市郡高取町、明日香村 | ||
| 奈良 | 桜井警察署 | 桜井市三輪 | 桜井市、宇陀市、宇陀郡曽爾村、御杖村、吉野郡東吉野村 | |
| 高田警察署 | 大和高田市神楽三丁目 | 大和高田市、葛城市、御所市 | ||
| 香芝警察署 | 香芝市畑二丁目 | 香芝市、北葛城郡広陵町 | ||
| 西和 | 西和警察署 | 北葛城郡王寺町葛下一丁目 | 生駒郡平群町、三郷町、斑鳩町、安堵町、北葛城郡王寺町、上牧町、河合町 | |
| 五條・吉野 | 五條警察署 | 五條市今井四丁目 | 五條市、吉野郡野迫川村、十津川村 | |
| 吉野警察署 | 吉野郡大淀町下渕 | 吉野郡大淀町、吉野町、下市町、黒滝村、天川村、下北山村、上北山村、川上村 |
主な事件・不祥事
2009年以前
- 2003年(平成15年)9月10日、奈良県大和郡山市内の国道24号で、車上狙いの被疑者が自動車で逃走中、追跡していた郡山警察署のパトカーに対し、体当たりを何度も繰り返すなどしたため、乗っていた警察官数人が拳銃を2発発砲。弾丸を受けた男性は頭蓋骨骨折の重傷を負い、さらにもう1発が首に命中し、その後10月5日に死亡した。死亡した男性の妻が、関わった警察官4人を殺人と特別公務員暴行陵虐致死の両罪で告訴したが、奈良地方検察庁は2006年1月に不起訴としたため、妻は奈良地方裁判所に付審判請求を行った。これについて、同地裁は2010年4月16日付で、発砲当時の巡査部長と巡査長の2人について付審判開始を決定した。うち1人は、付審判としては日本で初めて、裁判員裁判で審理された[3][4]。その後、2014年12月2日、最高裁で警官2人の無罪が確定した[5]。
→「奈良警官発砲事件」を参照
- 2007年(平成19年)10月7日、求人情報誌を持っていた無職の男を「職業に就く意思がないままうろついた」として軽犯罪法違反(浮浪)の現行犯で逮捕し、翌日釈放した2分後に覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕した。その後、男は覚せい剤取締法違反(使用)の罪で起訴されたが、2009年3月3日の大阪高等裁判所における控訴審判決で、懲役3年の一審(奈良地裁)判決が破棄され逆転無罪となった。
2009年
2010年
2011年
- 2011年(平成23年)3月、奈良西警察署の58歳の男性巡査部長が、管内で起こったわいせつ事件の被疑者についての情報が含まれた文書を、被疑者の知人の男性に対し漏洩していた疑いが浮上。文書を受け取った被疑者の知人が、当該の文書が入った財布を奈良市内で紛失し、その後奈良警察署に財布が届けられ、中から文書が発見されたことで発覚した[15]。
- 2011年(平成23年)4月4日深夜に奈良市内で発生した傷害事件で、同18日に奈良警察署が被害者の目撃証言などから19歳の少年を逮捕したが、少年は容疑を否認し、同日午後になって少年の弟が同署に出頭したことで、誤認逮捕だったことが明らかになった。同署は18日中に少年を釈放し、同27日に弟を書類送検した[16]。
2012年
- 2012年(平成24年)3月に電車内で痴漢をしたとして大阪府迷惑防止条例違反容疑で同県警に逮捕された52歳の男が、被害者の女性に対し、「会いたくなった」等の内容の葉書を送付していたことが明らかになった。この男は、警察での取調べの最中に、捜査書類に書かれていた女性の個人情報を盗み見し、それに基づいて送付していた模様で、同県警の個人情報管理の在り方が問題視されている[17]。
- 2012年(平成24年)8月上旬、奈良県警察学校の教官の38歳の男性警部補が、同校の校内で学生らと飲酒していたが、この時に学生らの言動に激昂し、数人に暴行を加えた。被害者のうち1人は、顔を殴られ顔面骨折の重傷を負った。県警はこの警部補について、傷害・暴行容疑で事情聴取中で、懲戒処分も検討中である[18]。
- 2012年(平成24年)11月20日から21日にかけ、奈良市内で自転車などが焼ける不審火が連続発生。捜査の結果、現場を所轄する奈良西警察署の30歳代の警察官が火をつけた疑いが強まり、県警はこの警察官を建造物等以外放火容疑で立件することとした[19]。この警察官は休職中で、2013年1月16日自宅で自殺(家族により発見)。
2013年
2014年
2015年
- 県警高速道路交通警察隊に所属していた男性巡査部長(その後奈良警察署交通第二課に異動)が1月に、大和郡山市内の高速道路において無免許運転者による交通事故が発生した際、運転者を検挙せず、書類上は運転者の知人が運転していたことにして処理していたことが明らかになった。県警はこの巡査部長を翌2015年6月3日に、犯人隠避及び虚偽公文書作成などの容疑で逮捕[23]。またこの巡査部長は、オービスで速度違反が発覚した女性の交通違反をもみ消した上、その見返りに現金を受け取ったとして、同年6月23日に加重収賄と虚偽有印公文書作成・同行使容疑で再逮捕された[24]。
- 桜井警察署が11月13日に、桜井市在住の50歳の男性を覚せい剤取締法違反容疑で逮捕し勾留していたが、この男性は同月21日に実兄の葬儀に出席するため、同日午前0時から午前11時までの間、勾留の執行停止が認められた。しかし葬儀が終わった後、同署へ戻る途中に、乗っていた車から逃走。同署はこの男性の行方を捜査している[25]。
2016年
2019年
2020年
2022年
- 1月7日、県警は、奈良西警察署の拳銃庫で保管されていた実弾のうち、5発を「紛失した」と発表した[29]。県警は同署の拳銃庫から実弾を盗んだ疑いがあるとして、同署の20代の男性署員を任意で聴取した[30]。7月上旬、所在不明発覚前の2020年11月の実弾交換作業中に予定より5弾少なく配分されていたことが判明。実弾の紛失はなかったと特定した。しかし犯人と決めつけられ強い口調で自白を要求させられた署員はうつ病を発症し、すでに休職してしまっていた[31][30]。署員への取り調べは2月末から8日間、朝から晩まで続いたという[30]。また、いわゆる「嘘発見器」も使用され、深夜に自宅を家宅捜索されたり、行動確認もされた[30]。取り調べを録音した音声には「人間なんて、みんなうそつくが、病気に近い回答の仕方をする。お前、虚言性なんちゃらや。その特徴というのは、ADHD(注意欠如・多動症)とかの特徴やで」などといった言葉が記録されていた[30]。7月15日、県警は当時の副署長ら3人を所属長訓戒処分などとしたと発表した[32]。8月5日、当該警察官は、違法な取り調べを受けたとして、県に対し慰謝料や休職した半年間の賃金など約714万円の支払いを求めて奈良地裁に提訴した[33][30]。2023年8月31日、奈良地裁は違法な取り調べがあったと認定し、県に約297万円の支払いを命じた。寺本佳子裁判長は、同署で実弾のずさんな点検が常態化していたと指摘。その上で、巡査長のみに窃盗の嫌疑をかけることに「合理性はない」とし、「根拠が薄弱であるのに犯人と断定し、人格的尊厳を傷つける発言を繰り返して自供を迫る取り調べは違法」と判断した [34]。奈良地裁は判決の賠償額に誤りがあったとして9月1日付で賠償額を約355万円に訂正した[35]。
- 参院選選挙期間中の7月7日、自民党は元内閣総理大臣・安倍晋三の8日の遊説先を長野から奈良へ急遽変更[36]。同日12時50分頃、自民党奈良県支部連合会は、その旨を奈良県警に伝えた[37][38]。奈良県選挙区の党候補者の佐藤啓は8日の演説会場について、元々は近鉄学園前駅周辺を予定していたが、安倍の来援の知らせを受け、これも急遽、近鉄大和西大寺駅の北口に変更した[39]。7月7日夕方、県警は、具体的な場所が大和西大寺駅北口に決まったとの連絡を受けるが[38]、奈良西警察署ではこの日、実弾関連の不祥事事案を8日に発表するために、同署の幹部らが県警本部との調整などに追われていた[31]。同署は不祥事事案に関する業務と並行して、警護警備計画を県警本部と作成し、佐藤の陣営スタッフとともに現地調査などを行った[31]。7月8日朝、県警の警備課は、警護の統括責任者である警備部参事官に「警護警備実施計画」を提出。警備部長の決裁を経て[40]、県警の鬼塚友章本部長は同計画を承認[31][39]。同日11時31分、安倍は演説中に銃撃され死亡した。事件の影響で不祥事事案の発表は延期された。7月9日、鬼塚は記者会見し、「警護上の問題があったことは否定できない」として県警の責任を認めた[41]。
→詳細は「安倍晋三銃撃事件」を参照