子安台

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子安台
町丁
北緯35度29分30秒 東経139度39分31秒 / 北緯35.491767度 東経139.658683度 / 35.491767; 139.658683
日本の旗 日本
都道府県 神奈川県の旗 神奈川県
市町村 横浜市
行政区 神奈川区
人口情報2025年(令和7年)3月31日現在[1]
 人口 2,125 人
 世帯数 1,121 世帯
面積[2]
  0.201 km²
人口密度 10572.14 人/km²
設置日 1967年(昭和42年)5月1日
郵便番号 221-0012[3]
市外局番 045(横浜MA[4]
ナンバープレート 横浜
ポータルアイコン ポータル 日本の町・字
ポータルアイコン ポータル 神奈川県
プロジェクト 日本の町・字
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子安台(旧町名)
日本の旗 日本
都道府県 神奈川県
市町村 横浜市
神奈川区
町名制定 1936年昭和11年)11月1日
町名廃止 1967年(昭和42年)5月1日
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子安台(こやすだい)は、神奈川県横浜市神奈川区町名。現行行政地名は子安台一丁目から子安台二丁目。住居表示実施済み[5]

地価

神奈川区の北東部に位置し、南に子安通、西に新子安一丁目・二丁目、北西に神之木台、北に西寺尾三丁目、東に鶴見区東寺尾四丁目岸谷一丁目・二丁目と接している。

住宅地の地価は、2025年令和7年)1月1日公示地価によれば、子安台1-12-11の地点で29万8000円/m²となっている[6]

歴史

地名の由来

子安の台地に位置することから[7]

沿革

  • 1936年昭和11年)11月1日 - 子安町、鶴見区生麦町の各一部を分離し、子安台を新設。横浜市神奈川区子安台となる[8]
  • 1953年(昭和28年)12月15日 - 土地区画整理事業に伴い、子安台の一部を新子安へ編入[9]
  • 1966年(昭和41年)5月1日 - 新子安、入江町の住居表示の実施に伴い、子安台の一部を新子安一丁目へ編入。新子安の一部を子安台へ編入[10]
  • 1967年(昭和42年)5月1日 - 子安台の住居表示実施に伴い、子安台を廃止し、子安台一丁目と二丁目を新設、子安台の一部を神之木台、西寺尾町、鶴見区岸谷二丁目へ編入[11]

町名の変遷

実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
子安台一丁目 1967年(昭和42年)5月1日 子安台、鶴見区生麦町、東寺尾町(各一部)
子安台二丁目 子安台、西寺尾町、鶴見区東寺尾町(各一部)

主な出来事

世帯数と人口

2025年(令和7年)3月31日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

町名世帯数人口
子安台一丁目 549世帯 1,054人
子安台二丁目 572世帯 1,071人
1,121世帯 2,125人

人口の変遷

国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[13]
2,059
2000年(平成12年)[14]
1,922
2005年(平成17年)[15]
1,926
2010年(平成22年)[16]
2,084
2015年(平成27年)[17]
2,010
2020年(令和2年)[18]
2,059

世帯数の変遷

国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[13]
873
2000年(平成12年)[14]
856
2005年(平成17年)[15]
902
2010年(平成22年)[16]
974
2015年(平成27年)[17]
951
2020年(令和2年)[18]
1,016

学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[19]

町名街区小学校中学校
子安台一丁目全域横浜市立子安小学校横浜市立浦島丘中学校
子安台二丁目1〜8番横浜市立錦台中学校
9〜11番横浜市立西寺尾第二小学校

事業所

2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[20]

町名事業所数従業員数
子安台一丁目 21事業所 321人
子安台二丁目 3事業所 7人
24事業所 328人

事業者数の変遷

経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[21]
27
2021年(令和3年)[20]
24

従業員数の変遷

経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[21]
265
2021年(令和3年)[20]
328

交通

施設

その他

参考文献

脚注

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