新浦島町
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| 新浦島町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
|
新浦島町の街並み | |
北緯35度28分47秒 東経139度38分36秒 / 北緯35.479797度 東経139.643425度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 行政区 | 神奈川区 |
| 人口情報(2025年(令和7年)6月30日現在[1]) | |
| 人口 | 2,439 人 |
| 世帯数 | 967 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.145 km² | |
| 人口密度 | 16820.69 人/km² |
| 設置日 | 1910年(明治43年)2月15日 |
| 郵便番号 | 221-0031[3] |
| 市外局番 | 045(横浜MA)[4] |
| ナンバープレート | 横浜 |
新浦島町(しんうらしまちょう[5])は、神奈川県横浜市神奈川区の町名。住居表示は未実施で、字丁目として1丁目・2丁目が設けられている[5]。
神奈川区東部の臨海部に位置し、北東部が1丁目、南西部が2丁目となる。北西側(内陸側)は入江川、北東・南西側は入江川の派川と3方向を川で囲まれ、入江川に沿って首都高速神奈川1号横羽線の高架橋が通る。南東側は貨物線の高島線を挟んで埋立地の千若町3丁目と接する。入江川を挟んだ1丁目の向かいが浦島町、2丁目の向かいが新町で、それぞれ新浦島橋、荒木橋でつながっている。1丁目から入江川派川を挟んだ北東側対岸は守屋町1丁目、2丁目の南西側の対岸は千若町1丁目であるが、この両方向への橋は首都高速と高島線のみである[6]。
1丁目にオフィスビルのGRC横浜ベイリサーチパーク、2丁目に神奈川郵便局や三菱倉庫、横浜市資源循環局の事務所などがある。1丁目から2丁目にかけての中央部は、工場跡地にマンションが建設された。最寄駅は、荒木橋を渡り国道15号(第一京浜)を越えた先の京急本線神奈川新町駅となる。
歴史
1897年(明治30年)頃より、横浜倉庫が浦島丘地先を埋め立てた土地で、浦島丘の前方であること、神奈川町に字浦島町の地名があったことから、1910年(明治43年)に新浦島町の町名が付けられた[7]。1907年に日清製粉横浜工場、1910年に大日本肥料横浜分工場、1912年に横浜豆粕製造が進出。昭和に入り1939年には日本カーボンの工場が建設され、工業地帯として発展した[8]。1963年および1965年の地図では、1丁目に日本カーボンや横浜化工機の工場、2丁目に日本農産工業の工場や大洋自動車の保税倉庫、駐留軍施設があったことが確認できる[9]。
1979年、横浜市が日本カーボンから土地を取得。横浜市消防局の訓練用地などとして暫定利用されたが、1986年に行われた事業コンペで住友商事を幹事とする企業グループによるインテリジェントビルが建設されることになった[10]。このビルは、1990年8月にテクノウェイブ100として竣工した[11]。
世帯数と人口
2025年(令和7年)6月30日現在(横浜市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 新浦島町1丁目 | 450世帯 | 1,222人 |
| 新浦島町2丁目 | 517世帯 | 1,217人 |
| 計 | 967世帯 | 2,439人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 2005年(平成17年)[12] | 2,185 |
| 2010年(平成22年)[13] | 2,441 |
| 2015年(平成27年)[14][注釈 1] | 2,537 |
| 2020年(令和2年)[15] | 2,479 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 2005年(平成17年)[12] | 922 |
| 2010年(平成22年)[13] | 924 |
| 2015年(平成27年)[14][注釈 1] | 943 |
| 2020年(令和2年)[15] | 936 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2024年11月時点)[16]。
| 町名 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 新浦島町1丁目 | 全域 | 横浜市立神奈川小学校 | 横浜市立浦島丘中学校 |
| 新浦島町2丁目 | 全域 |
