尚典
日本の政治家
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生涯
略歴
1864年9月2日(同治3年8月2日)、尚泰王の世子として誕生する。1874年(同治13年)9月22日、久米具志川間切を加増される。
1878年(光緒4年)6月19日、元服。同年9月20日、金武按司朝穏の娘・真如戸金と婚姻。1879年(光緒5年、明治12年)、琉球処分で東京に移住するよう命ぜられ、上京。同年6月17日、従五位に叙される。 1888年(明治21年)9月11日、長男の尚昌が誕生。
1901年(明治34年)8月31日、父の尚泰の死去により、侯爵を襲爵。同日、貴族院侯爵議員に就任している[2]。
1920年(大正9年)9月20日、首里邸において死去。
尚家歴代の墓所である玉陵に納骨された。