浅野長武 (侯爵)
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東京市出身。侯爵・浅野長之の息子として生まれる[1]。学習院高等科を経て、1920年、東京帝国大学文学部国史科を卒業し、さらに同大学大学院を修了[2][3][4]。父・長之が1940年12月20日に隠居し[5]家督を相続する。同月28日、侯爵を襲爵し、貴族院侯爵議員に就任する[6]。火曜会に所属し、1947年5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。
1927年、学習院講師に就任する[4]。その他、内務省嘱託、帝国学士院嘱託、東京府嘱託、文部省委員、歌御会始読師などを歴任する[2]。また、重要美術品等調査委員会会長、正倉院評議員、国立近代美術館評議員、国立西洋美術館評議員なども務めた[3][4]。
1951年、東京国立博物館長に就任し、美術界で話題となる大展覧会を開催した[3]。また、館長在任中の1960年(昭和35年)2月29日の浩宮徳仁親王(現・第126代天皇)および1965年(昭和40年)12月6日の礼宮文仁親王(現・皇嗣)の「浴湯の儀」において、前田利建(宮内庁式部官)とともに鳴弦の儀を執り行った[7]。
著書
- 『美術道すがら』講談社、1966年。
- 『日本美術の流れ』信濃毎日新聞社、1966年。