広島車両所
広島市東区にあるJR貨物の車両基地
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概要
敷地面積77,803 m2[1]。現在は、広島車両所に所属する車両は存在しない。主な業務としては、関西支社に所属する電気機関車・ディーゼル機関車や貨車の検修を行っている。その他に関連施設として、広島貨物ターミナル駅東端の天神川駅に挟まれた場所に仕業検査センターがあり、仕業検査を行っている。
機関車検修業務を行う第1主棟と、貨車検修業務を行う第2主棟が存在する[2]。第1主棟の西側にかつては西日本旅客鉄道(JR西日本)の電車交検庫があり、同社が所属電車の交番検査を行っていた。
なお、広島機関区は乗務員区であり、検修業務は行っていない。整備済み車両には「HS」と、台車に和暦で検査年月日と共に手書きされる。
2024年12月現在、一般車両の配置はないが、構内入換用に20 t入換動車が配置されている。また、1987年3月から軌陸両用の貨車移動用蓄電池車が導入され[3][注釈 1]、主に貨車検修用の第2主棟内で使用されている。
毎年10月20日頃に一般公開している(貨物フェスティバル)。また、修理工場第1主棟・動力室・油庫は1945年(昭和20年)の原爆投下時に被爆した被爆建物でもある[4]。
操業開始から80年以上を経過し、老朽化した施設の更新や、現状の検修工程に適合した効率化が必要となってきたことから、JR貨物は現地建て替えによる大規模な改修を計画しており、当初は2032年度までの工期を計画していた[5][6]。2026年(令和8年)6月に改修工事計画が正式に発表され、工期は2026年から2035年までとし、建屋や配線の大幅な刷新が行われることが明らかとなった[7]。

歴史
- 1943年(昭和18年)3月23日:鉄道省広島鉄道管理局広島工機部として開所[1]。蒸気機関車の検修を開始[1]。
- 1945年(昭和20年)8月6日:被爆。ここは爆心地から4.25 kmに位置した。建物の窓ガラスは粉々に砕け、木材は吹き飛ばされたが、建物の倒壊は免れた。その当日、臨時救護所として市内から避難してきた被爆者を収容、職員が救護にあたった。翌8月7日、業務を再開、蒸気機関車の整備を行い始めた。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道に移管。
- 1955年(昭和30年):広島工場に改称。
- 1960年(昭和35年)2月:ディーゼル機関車の検修を開始[1]。
- 1962年(昭和37年)
- 1964年(昭和39年)10月:貨車の検修を開始[1]。
- 1973年(昭和48年)9月:蒸気機関車の検修を終了[1]。最終出場車はD51 214[1]。
- 1984年(昭和59年)5月:客車の検修を開始[1]。
- 1985年(昭和60年)3月:組織改正に伴い、広島車両所に改称[1]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR貨物に継承。
- 1991年(平成3年):西日本旅客鉄道(JR西日本)所属電車・気動車の重要部検査の受託を終了[8]。
- 1996年(平成8年)4月:広島機関区の検修部門を統合[1]。
- 2000年(平成12年)4月:鷹取工場閉鎖に伴い、梅田貨車区の業務を担当[1]。
- 2021年(令和3年):広島機関区所属の車両が全車転属完了。
- 2025年(令和7年)10月3日:D52形やEF200形をはじめとする保存車両の解体を発表[9]。
- 2026年(令和8年)6月18日:現地建て替えによる大規模な改修工事計画を発表[7]。