志免町
福岡県糟屋郡の町
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地理
福岡市東部に位置する。町域の南部と西部に丘陵地帯があるものの、概ね平坦である。ほぼ全域が市街地化されている。面積は吉富町、糸田町に次いで県下では3番目に狭い。
人口密度は2015年国勢調査基準で全国の町村ならびに鉄道路線の存在しない市町村の中では最も高い[1]。福岡県内では春日市に次いで第2位である。
隣接する自治体・行政区
地名
- 志免
- 田富
別府(2010年消滅)御手洗(2010年消滅)- 南里
- 吉原
- 桜丘1丁目~5丁目(1979年、吉原より発足)
- 石橋台(1983年、志免より発足)
- 田富1丁目~4丁目(1999年、田富より発足)
- 志免東1丁目~4丁目(2000年、吉原より発足)
- 東公園台1丁目~2丁目(2000年、志免より発足)
- 松ヶ丘(2000年、志免より発足)
- 志免1丁目~4丁目(2001年、志免より発足)
- 志免中央1丁目~4丁目(2002年、志免より発足)
- 片峰1丁目~4丁目(2003年、志免より発足)
- 片峰中央1丁目~4丁目(2003年、志免より発足)
- 坂瀬(2004年、志免より発足)
- 向ヶ丘1丁目~2丁目(2004年、志免より発足)
- 南里1丁目~7丁目(2005年、南里より発足)
- 王子1丁目~4丁目(2006年、南里より発足)
- 別府東1丁目~3丁目(2007年、別府より発足)
- 別府西1丁目~3丁目(2008年、別府より発足)
- 別府1丁目~4丁目(2009年、別府より発足)
- 別府北1丁目~4丁目(2010年、別府より発足)
- 御手洗1丁目~2丁目(2010年、御手洗より発足)
歴史
行政
産業
志免町は、糟屋郡南部一帯に広がる糟屋炭田の中心部に位置し、かつては町内に数か所の炭鉱を擁して石炭産業で栄えた。 その契機となったのは、1888年(明治21年)に隣接する須恵村(現・須恵町)で創業した海軍新原採炭所が海軍予備炭山に指定されたことである。翌1889年(明治22年)に新原第1・第2立坑が開坑し、1890年(明治23年)には志免村に海軍炭鉱第5坑が開坑した。
これにともない、海軍炭鉱の石炭輸送を担っていた私鉄の博多湾鉄道(現在のJR香椎線)は、酒殿駅から志免貨物取扱所(のちの志免駅)への旅石支線を分岐・敷設した。その後、須恵町旅石に海軍炭鉱第6坑が開坑したことで、旅石支線は旅石駅まで延伸された。志免町内では第5坑補助坑(のちに二重坑に改称)、第7坑、第8坑、そして志免立坑が次々と開坑。周辺自治体でも、初期に宇美町へ第3坑が設置されたほか、戦後の国鉄移管後には粕屋町側に酒殿坑、酒殿立坑、仲原坑が開坑した。
しかし、1960年(昭和35年)に旅石第6坑が閉坑すると、旅石駅および旅石支線(志免駅〜旅石駅間)が廃止された。さらに、安価な輸入炭の流入や、国鉄車両の動力近代化(ディーゼル化・電化)にともなうエネルギー革命の影響を受け、1964年(昭和39年)に日本国有鉄道志免鉱業所が閉山。これを最後に、町内から炭鉱の灯が消えた。
炭鉱遺構の現状と文化財指定
志免炭鉱の跡地には、海軍施工による「志免鉱業所竪坑櫓」や斜坑坑口などの残存施設、そして広大なボタ山(新1号・新2号ボタ山、粕屋町域の水洗ボタ山、須恵町域で唯一峰を残す西原ボタ山)が現存している。これらは広大な土地を占有しているため、長年その跡地利用が議論されてきた。しかし、撤去に莫大な費用がかかることや、敷地が3町(志免町・須恵町・粕屋町)にまたがっていることなどから、現在も本格的な活用には至っていない。
かつて町内では竪坑櫓などの解体派の声が大きかったが、多くの学会からその歴史的価値が指摘され、シンポジウムなどが公開開催されたことで、地元住民の間でも保存を求める声が高まった。その結果、竪坑櫓と、水上航空機のプロペラを転用した坑内排気扇風機は貴重な遺産として認められ、産業考古学会推薦産業遺産、土木学会A選奨を経て、国の重要文化財に指定された。また、付近の第8坑本御坑口と連れ卸坑口は福岡県指定史跡となっている。
現在、動力職場(火力発電所)の跡地には志免町総合福祉施設「シーメイト」が建設されており、志免町役場に隣接する「働く婦人の家」とともに、模型やジオラマ、解説パネルを展示した資料室が設けられている。また、前述のプロペラなどは志免町産業遺産収蔵庫に保存・展示されている。さらに、旧筑前参宮鉄道の新志免駅のホームが「志免町鉄道記念公園」として保存されている(※本来の博多湾鉄道が設置した志免貨物取扱所駅とは異なる)。
現在の状況
現在は福岡市に隣接していることや、比較的安価な地価が支持され、ベッドタウンとして多くの住宅が建設されて人口が増加している。 大型商業施設としては、町北部に「イオン福岡東ショッピングセンター」が立地しているほか、隣接する粕屋町にある「イオンモール福岡」も志免町中心部から至近である。そのほか、主要な幹線道路沿いには多くのロードサイド店舗が立ち並び、利便性の高い街へと変貌を遂げている。
地域
人口
| 志免町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 志免町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 志免町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
志免町(に相当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
教育
中学校
- 志免町立志免中学校
- 志免町立志免東中学校
小学校
- 志免町立志免中央小学校
- 志免町立志免東小学校
- 志免町立志免南小学校
- 志免町立志免西小学校
町内に高等学校・大学・専門学校はない。
交通
空港
福岡空港(福岡市博多区)まで4km程度と近接しており、国内線ターミナルと志免町を結ぶ路線バスも運行されている。
鉄道
1985年3月限りで勝田線が廃止されたことにより町内の鉄道はすべて消滅し、現在鉄道は通っていない。
福岡市地下鉄空港線の福岡空港駅は志免町と福岡市の境界まで約600mの位置にあり志免町の一部地域から徒歩で利用可能である。このほか、九州旅客鉄道(JR九州)香椎線の酒殿駅・須恵駅・須恵中央駅・新原駅や、篠栗線(福北ゆたか線)の柚須駅も志免町域から1km前後の場所に位置する。
町内からは福岡空港駅、博多駅、宇美駅への路線バスが運行されている。
廃止路線
町内初の鉄道路線となったのは、海軍炭鉱の石炭輸送を目的に敷設された私鉄「博多湾鉄道」の貨物支線(のちの国鉄香椎線旅石支線)である。1909年(明治42年)に酒殿駅〜志免貨物取扱所(のちの志免駅)間が開業し、1915年(大正4年)には志免駅〜旅石駅間が延伸されて全通した。 一方、1919年(大正8年)には「筑前参宮鉄道」の手によって、吉塚駅〜宇美駅間(のちの国鉄勝田線)が開業。志免町内には御手洗(みたらい)駅、上亀山(かみかめやま)駅、新志免(しんしめ)駅などが設置された。これらの路線は、1942年(昭和17年)に戦時下の陸運統制令にともなう5社合併で西日本鉄道(西鉄)が発足した際、すべて同社の路線(宇美線・糟屋線)となった。しかし、わずか2年後の1944年(昭和19年)には戦時買収により国有化され、それぞれ国鉄の「勝田線」および「香椎線旅石支線」となった。
戦後、炭鉱の閉山やモータリゼーションの進展にともない、両路線は縮小・廃止の道をたどることとなる。
- 旅石支線: 1960年(昭和35年)、海軍炭鉱第6坑の閉坑に合わせて志免駅〜旅石駅間が廃止。残る酒殿駅〜志免駅間は自動車運搬用の貨物線などとして活用されたが、1985年(昭和60年)1月1日付で廃止され、支線は全廃となった。
- 勝田線: 赤字ローカル線の整理にともない、1985年(昭和60年)4月1日付で全線が廃止(実際の最終運行は前日の3月31日)。
現在、志免町内に整備されている「鉄道記念公園」は、かつて筑前参宮鉄道が開業させた旅客駅「新志免駅(のちの国鉄勝田線・志免駅旅客ホーム)」の跡地周辺を利用したものである。しかし、当時の「志免駅」の本質は旅客ではなく貨物輸送にあり、現在の記念公園として残っているのは広大な駅構内のほんの一部にすぎない。往時の志免駅は、海軍炭鉱(志免鉱業所)から産出される莫大な石炭や貨物を一手に引き受ける広大なヤード(貨物駅)を擁し、町内で圧倒的な面積を占める巨大な産業拠点であった。
バス路線
オンデマンド交通
2024年3月1日より、町内各地で乗降可能なAIオンデマンドバス「のるーと志免」が運行されている(日祝日運休)。かつて町内を無料で運行していた福祉巡回バスは、のるーと志免に代替される形で2024年3月末をもって廃止された。
道路
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 志免鉱業所跡地(志免立坑櫓・西原硬山):かつての海軍および国鉄の炭鉱拠点。敷地内にそびえる「志免鉱業所竪坑櫓」は、最新鋭の技術と堅牢な建築美を今に伝える産業遺産であり、国指定の重要文化財となっている。
- 志免町産業遺産収蔵庫:志免鉱業所遺跡の調査・発掘によって収集された、数々の貴重な産業遺産を収蔵・展示している施設。なかでも、旧第8坑斜坑の扇風機坑口から発掘された、「水上航空機(飛行艇)の木造プロペラを転用した大型排風機(坑道扇風機)」は、当時の戦時下における物資転用の歴史を証明する極めて希少な遺物として、国の重要文化財に指定されている。
- 七夕池古墳(国の史跡):糟屋郡を代表する古墳時代の大規模な円墳。歴史的な学術価値が非常に高く、国の史跡に指定されている。
- 志免緑道:1985年(昭和60年)に廃止された旧国鉄勝田線の線路跡地を整備した遊歩道(緑道)。生活道路として機能しながら、鉄道特有の緩やかなカーブが往時の鉄路の記憶をとどめている。
- 志免鉄道記念公園:旧国鉄勝田線の「志免駅」旅客ホーム跡地周辺を整備してつくられた公園。園内には当時のプラットホームや縦型の駅名標、レールなどがノスタルジックに保存されており、かつて二つの鉄路が交錯した広大な貨物ヤードの一部を今に伝えている。
- 石投げ相撲(毎年9月開催):志免町に古くから伝わる伝統的な奉納相撲。巨石を力強く投げ、その距離や力強さを競い合う一風変わった神事であり、古来より地域の無病息災や五穀豊穣を願って、毎年9月に盛大に開催されている。
