中国の家具
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明清以前


中国古典には当時の家具の名が散見される。例えば『論語』には
後漢の辞書『釈名』には家具名が列挙されており[11][12]、席のほか
中国考古学においては、戦国楚の大型の牀(信陽長台関楚墓)や[15][16][14]、孔子が描かれた前漢の屏風(海昏侯墓)[17]などの出土例がある。画像石の画中や[13][18][9]、副葬品の明器(生前の品のミニチュア模型)にも[19]、家具が見られる。
イスの出現
高足のイスやテーブルが一般的になるのは、唐代からである[8][16]。唐代より前は、上記の牀などに席を敷き、
以上の座具・座法は儒教の礼とも関わり[20]、宋の朱熹『跪坐拝説』、清の王鳴盛『箕踞』や趙翼『高坐縁起』、大正日本の藤田豊八『胡床につきて』などで古くから考証されている[21]。
明清
明清は中国家具の最盛期とされる[22]。とくに明から清初の家具は「明式家具」と呼ばれる[2]。明式家具は、「唐木」「銘木」として知られる鉄刀木(タガヤサン)や黄花梨(ローズウッドの一種ニオイシタン)などの硬木を基調とし[1][23]、釘を使わずほぞ継ぎで接合され[1]、装飾を廃した簡潔の美を特徴とする[2][3]。一方、清中期以降の「清式家具」は、明式家具を継承しつつも、装飾の華美や[3][24][25]マホガニーの多用[25]を特徴とする。
明式家具の生産地として、明末清初の北京・蘇州・徽州・揚州・広州などがあった[2]。時代背景として、商品経済や工業の発達[26][1]、海禁緩和による東南アジア産木材の輸入[26][1]、園林建築の流行[2][27]などがあった。明式家具は文人の書斎を演出する役割も担った[22][1][28]。
明式家具が登場する文献として、『金瓶梅』[28]『長物志』[26][29]『雲間拠目抄』[30][31]、魯班に仮託される明の木工技術書『魯班経』[30]などがある。
現代では上海博物館などに明清家具の所蔵がある[22]。明の王錫爵墓・潘允徽墓などの出土例もある[30]。
明清の家具名として、榻[32][27]・羅漢牀[13][32]・圈椅[33]・太師椅[27]・天然几[27]・屏風[34]・架格(たな)[32]・炕卓[33][15](オンドル上のテーブル)などがある。
ギャラリー
日本語解説つきの図版集(美術全集)として 王ほか 1996 がある。
- 明式家具
- 明式家具
- 明式榻
- 明代墓の副葬品(明器)
- 清式家具
- 清式ベッド
