昭和通り (長野市)
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昭和恐慌に伴う失業対策事業として、1935年(昭和10年)に開通した。長野市の交通セル計画におけるセル環状道路の一つであり、長野市街地の交通政策上重要な役割を果たしている。ほぼ全区間にわたって4車線(交差点部除く)あるが、しなの鉄道北しなの線との交差部などはやや狭くなっている。
市役所前交差点以西では、街路樹としてりんごの木が植えられている。
県庁前交差点〜市役所前交差点の区間が駐車監視員活動の重点路線である(長野中央警察署管内)。
沿道は、長野県庁・長野市役所などの重要な施設やオフィスビルが並ぶビジネス街。かつては新田町交差点に長野そごう・ながの丸善(現 ながの東急百貨店)・ダイエー長野店が立地し賑わいを見せたが、繁華街が長野駅方面へ南下したことで次第に衰退し、いずれも移転または撤退した。しかし、現在各店舗の跡地を利用してTOiGOやもんぜんぷら座といった再開発商業施設が開業し、賑わいを取り戻す取り組みが続いている。
沿革
- 1913年(大正2年)10月9日 - 前身である大正町通り(妻科〜南県町)が、寿町通り・相生町通り(現在の権堂アーケード通り)とともに開通する。
- 1920年(大正9年) - 旧道路法に基づき、国道10号(現在の国道18号)となる。
- 1935年(昭和10年) 6月22日- 昭和恐慌に伴う失業対策事業として、国道10号の丹波島橋〜大正町通り〜新田町の区間を改修。大正町通りとキクヤ新道(新田町交差点から緑町方面)を接続し、現在の形となる。
- 1952年(昭和27年)12月4日 - 新道路法に基づき、一級国道19号となる。
- 1954年(昭和29年)3月 - 長野県内初の信号機が、新田町交差点に設置される。
- 1971年(昭和46年)1月25日 - 長野県内で初めて新田町交差点をスクランブル交差点化。2年前に熊本市で初めて導入されたばかりであった。
- 2006年(平成18年)9月 - TOiGOの開業に伴い、新田町交差点の東側横断歩道を長野県内最広の幅20mに拡幅。


