晩春 (映画)
1949年の映画。小津安二郎監督
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解説

娘の結婚を巡るホームドラマを小津が描いた最初の作品であり、その後の小津のスタイルを決定した[8][9][10]。小津は本作で原節子と初めてコンビを組んだ。なお、本作および後年の『麦秋』(1951年)、『東京物語』(1953年)で原が演じたヒロインはすべて「紀子」という名前であり、この3作品をまとめて「紀子三部作」と呼ぶ[注釈 1]こともある。
原作は、作家の広津和郎が熱海に滞在中に書いた掌編『父と娘』[12]である。小津は本作以前にもホームドラマを数多く手掛けているが、結婚する娘と父の関係を淡々とした日常の中に描いたのは、本作が初となる。
占領下の日本において、鎌倉や京都の日本的な風景や能舞台など、日本文化をフィルムに焼きつけ、その中で描かれる余分な要素を一切排除した結婚ドラマは、公開当時、そこに日本的なものの復権を感じ取る観客層と、戦後の現実からの逃避とみなす観客層の二つに分かれ、評価は賛否両論となった[要出典]。
しかし、あえて普遍的な人間ドラマをありのままに描こうとする小津の姿勢は、一方で後にテレビ時代に入って本格化するホームドラマの製作スタイルに多大な影響を与えることとなった。他方、映画で語られる人間の感情を描ききるためには映画文法を踏み外すことも辞さない小津の姿勢や、感情を映像化しようとするスタイルは、後に世界中の映画評論家やファンの議論の的となり、小津作品の中でも今なお最も語られることの多い一本である[独自研究?]。
本作は、リンゴの皮を剥いていた父親がうなだれるシーンで終わるが、当初、小津は父親役の笠智衆に「皮を剥き終えたら慟哭(どうこく)するように」と指示を出していた。大仰な演技を嫌っていた小津からそのような要求を受けたことに驚いた笠は「それはできない」と答え、小津も無理にやらせようとはしなかったため変更になった。小津の指示通りに演技をした笠が、唯一、異を唱えたのがこのシーンである[13]。
笠は後に、小津自身も迷っていたのかもしれず、また自分にそういう演技はできないことを小津も分かっていたのだろうとした上で「できるできないは別にして、とにかくやってみるべきだった。監督に言われたことはどんなことでもやるのが俳優の仕事」と語っている[13]。
小津映画のスタイル
戦後2作目となる前作『風の中の牝雞』(1948年)は、戦後の荒廃した世相を夫婦の危機に反映させた意欲作だったにもかかわらず観客の拒絶にあい、失敗作と認めざるを得なかった小津であった。次の企画は一転して普遍的な題材であり、娘の結婚をめぐるホームドラマに興味を引かれた[要出典]。
監督を承諾した小津は、『箱入娘』(1935年)以来14年ぶりにコンビを組む野田高梧と約1年をかけて脚本を執筆し、映画化にのぞんだ。本作以降、野田とのコンビによる共同執筆にじっくり腰を据えて取り組むパターンは、小津の遺作となる『秋刀魚の味』(1962年)まで続く。同時に、原節子とのコンビ、笠智衆演じる初老の父親が娘を嫁にやる悲哀[14]など、いわゆる〈小津映画〉のスタイルも、すべて本作で初めて確立された[要出典]。
また、ローアングルで切り返す独特な人物ショットの反復や、〈空舞台〉と呼ばれる風景カットの挿入などの映像スタイルは、必ずしも本作で初めて採用されたものではない。それでもこれ以後、遺作まで反復される娘の結婚というドラマと連動させて、その説話を思わせる[18]主題を明確にする映像スタイルとして機能することになる[独自研究?]。
能の演目
劇中の能の演目は小津が能楽師(太鼓方)の二十二世金春惣右衛門に相談し、本作が恋物語であることから、金春が提案した『杜若』[20]が採用された。クレジットには「杜若 戀之舞」とあるが、「戀之舞」の部分は編集時にカットされた。シテを演じるのは梅若万三郎[2]。
あらすじ
大学教授の曾宮周吉(笠智衆)は娘の紀子(原節子)と二人、鎌倉で暮らしている。戦中戦後の混乱の中で一時期、体調を壊したこともあって未だ独身の紀子を周吉は心配しているが、紀子は父の助手の服部(宇佐美淳)とサイクリングに出かけたり、女学校時代の友人であるアヤ(月丘夢路)と夜通し歓談したりしながら、父との生活を楽しんでいる。周吉は服部を紀子との結婚相手として考えたりもするが、彼が既に婚約していると知ってがっかりするのだった。
ある日、叔母のまさ(杉村春子)から見合いの話を持ちかけられた紀子は、父をひとりにするわけにはいかないと言って断ろうとする。まさは、周吉にも再婚の話があるからその心配は要らないと言って更に説得する。帰宅した紀子は周吉に対し、本当に再婚する意志があるのかと問い詰めて頷かれ、ショックの大きさから父に対して心を閉ざしてしまう。
ぎくしゃくした日々が続いたふたりだったが、見合いをした紀子は結婚を承諾し、嫁入り前の最後の旅行として親子で京都に向かう。周吉の友人の小野寺(三島雅夫)やその家族とも会って楽しく過ごした紀子だったが、明日は東京へ帰るという晩、やはりこのまま周吉と一緒に暮らしたいと心情を吐露する。そんな娘に周吉は、結婚して新しい生活を築いていくことの大切さをこんこんと説き、紀子は「わがまま言ってすみませんでした」とうなずく。
紀子が嫁いだ晩、周吉は#アヤと酒を飲みながら、自分の再婚話は紀子を結婚させるためについた「一世一代の嘘」だと告白するのだった。
配役
スタッフ
- 監督 - 小津安二郎
- 原作 - 廣津和郎「父と娘」[12]より
- 脚本 - 野田高梧、小津安二郎
- 撮影 - 厚田雄春
- 製作 - 山本武
- 美術 - 浜田辰雄
- 調音 - 妹尾芳三郎
- 録音 - 佐々木秀孝
- 照明 - 磯野春雄
- 編集 - 浜村義康
- 音楽 - 伊藤宣二
- 装置 - 山本金太郎
- 装飾 - 小牧基胤
- 衣裳 - 鈴木文次郎
- 現像 - 林龍次
- 焼付 - 中村興一
- 進行担当 - 渡辺大
- 監督助手 - 山本浩三、塚本粧吉、田代幸蔵、斎藤武市
- 撮影助手 - 井上晴二、川又昂、老川元薫、舎川芳次、松田武生
- 美術助手 - 熊谷正男
- 調音助手 - 堀義臣、末松光次郎、佐藤廣文、大藤亮
- 照明助手 - 鈴木茂男、青松明
- 装置助手 - 佐須角三
- 結髪 - 佐久間とく
- 装飾助手 - 山崎鉄治、相原誠
- 床山 - 吉沢金太郎、柿沢久栄
- 工作 - 三井定義
- 擬音 - 斎藤六三郎
- 編集助手 - 羽太みきよ
- 演技事務 - 八木政雄
- 撮影事務 - 田尻丈夫
作品データ
- 製作:松竹大船撮影所
- フォーマット:白黒 スタンダードサイズ (1.37:1)、モノラル
- 初回興行:国際劇場
- 同時上映:
評価・批評
本作をめぐる論争の中に「壺のカット論争」がある。これは、終盤近くの京都の旅館のシーンにおいて、父親と娘が枕を並べて眠っていると、一瞬、床の間に置かれた壺が写り込むカットの意味をめぐるものである。一方でアメリカの映画監督ポール・シュレイダーは、これを父と別れなければならない娘の心情を象徴する「物のあわれ」の風情であると評している。また映画評論家のドナルド・リチーは、壺を見ているのは娘であり、壺を見つめる娘の視線に結婚の決意が隠されていると分析する[要出典]。
他方、これら二人に異議を唱えるのは小津映画の評価に新しい方向性を投げかけた蓮實重彦[21]である[22][23]。蓮實は、まず小津映画において、父子とはいえ性別の異なる男女が枕を並べて眠っていること自体が例外的であり、またすべてを白昼の光に鮮明な輪郭を持って描いてきた小津が、月光によって壺を逆光のシルエットとして描いたことも例外であるとする。そして蓮實は、それらから父と娘の間に横たわる見えない性的なイメージを読み取ろうとしている。[要出典] 娘が父に対して性的コンプレックスを抱いているのではないかという憶測を最初に投げかけたのは、映画評論家の岩崎昶である。岩崎は壺の意味については言及していないが(1964年)、父娘の会話が旅館の寝床の上で交わされることに注目し、父に対して性的コンプレックスを抱いていた娘が、この旅館のシーンを転機に父から性的に解放される名シーンであると論じている[24]。 娘が壺を見ているという前提に立つこれら推論とは対照的に、編集されたフィルムを見る限り娘は壺を見ていないとする反論もある。性的か否か、壺を見ているか否かという論争は決着がついておらず、婚姻を弔いと対照する説もある[25]。 小津生誕100年を記念した国際シンポジウム(2003年東京)ではこの問題について、出席者の映画監督マノエル・デ・オリヴェイラ(ポルトガル)が明確に「父子相姦」と言及して、議論を巻き起こした。なお、杉村春子はこのようなカットを撮影する際に、小津から「気持ちを残したように演技してください」と注文を受けたと語っている[26]。 対して、女性史研究の視点から池川玲子は詳細な画像分析に基づいて[27]、問題のカットの左端の暗がりに置かれた小さな塔に着目し、このカットが「壺と塔のセットを基準に、明暗、生死、陰陽といった二元論で構成されている」と指摘する。その上で、その二元論の意味するところは「男女」であり「子宮とペニス」であると結論づけている。さらに池川は、『晩春』の前年に制作された『幸福の限界』[28]においても、原が演じるヒロイン由岐子の自室に大量の壺を置いてあると指摘し、壺が「次世代を育む子宮」のメタファーであったと結論付けている[27]。
黒田博は能『杜若』の引用について、説話的に男(平山周吉)と二人の女(平山紀子と三輪秋子)の物語を、映像として京都の宿の杜若柄の浴衣をまとった紀子の肉感的な表現と、ラストの寄せては返す波などに反映しているとみて、日本の古典の引用や古都京都は皇軍兵士だった小津安二郎が発した占領下の混乱した日本への文化的メッセージだとしている[29][30]。
スーパー戦隊シリーズ爆竜戦隊アバレンジャーには、この『晩春』にオマージュしたシーンがある[要出典]。第28話のタイトルは「晩夏」[疑問点]、結婚式から花嫁が怪人にさらわれる事件のおとり捜査という設定。
受賞歴
- 第4回毎日映画コンクール [31]
- 日本映画大賞
- 女優演技賞(原節子)
- 監督賞(小津安二郎)
- 脚本賞(野田高梧)(小津安二郎)
ランキング
派生した作品
テレビドラマ
2003年に小津安二郎生誕100年を記念して『娘の結婚』というタイトルでリメイクされ、WOWOWドラマW第7弾として放送された。監督は市川崑で、長塚京三と鈴木京香が主演した。時代を現代に置き換えるなど、大幅な改変がなされている。
2006年には再編集を経て日本テレビのDRAMA COMPLEX枠で地上波放送された。
キャスト(リメイク)
スタッフ(リメイク)
関連商品
DVD
- 市川崑 監督(2004年7月24日)『娘の結婚』出演:鈴木京香、長塚京三、仲村トオル、緒川たまき、藤村志保 ほか、松竹ビデオ事業室、松竹ホームビデオ〈小津安二郎生誕100年記念『晩春』より〉。国立国会図書館書誌ID:000007488865、DA-0370。
- 統括プロデューサー:青木泰憲
- プロデューサー:松橋真三、鶴間和夫
- 監督:市川崑
- 原作:廣津和郎
- 脚本:小津安二郎、野田高梧
- 撮影:五十畑幸勇
- 潤色:久里子亭
- 美術:桜井佳代
- 照明:斎藤薫
- 録音:浦田和治
- 音楽:谷川賢作
- 小津安二郎(監督)(2011年3月)『麥秋+サイレント映画/淑女と髯』3巻、小学館〈小津安二郎名作映画集10+10〉。ISBN 978-4-09-480413-3。国立国会図書館書誌ID:000011130219。ビデオディスク 1枚(200分)。
- 小津安二郎、野田高梧、松竹、広津和郎、笠智衆、原節子、月丘夢路(1994年)『Late spring : Ozu's masterpiece』(英語)、USA: New Yorker Films〈New Yorker video〉。ISBN 1567300898。NCID BA45807308。OCLC 34556071。CRID 1970023484948475440。1/2 インチVHS(ビデオカセット)
- 『Late spring = Banzhun』。OCLC 954297318。
- 『晚春 = Late spring』(DVD)(Special ed)Criterion Collection、Irvington, NY (ニューヨーク州アーヴィントン)、2006年。OCLC 67619092。
オンライン配信
- Noda, Kōgo, Takeshi Yamamoto, Yūharu Atsuta, Chishū Ryū, Setsuko Hara, Haruko Sugimura, Jun Usami (1949). Banshun = Late Spring. Directed by Yasujirō Ozu. San Francisco, California, USA: Kanopy Streaming. 2025年12月11日閲覧.