有楽苑
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| 有楽苑 Urakuen[1] | |
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岩栖門 | |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯35度23分16.4秒 東経136度56分32.1秒 / 北緯35.387889度 東経136.942250度座標: 北緯35度23分16.4秒 東経136度56分32.1秒 / 北緯35.387889度 東経136.942250度 |
| 開園 | 1972年(昭和47年) |
| 運営者 | 名古屋鉄道株式会社 |
| 公式サイト | 日本庭園・有楽苑(うらくえん) 国宝茶室・如庵(じょあん)公式サイト |
| 旧正伝院書院 | |
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| 形式・構造 | 七畳(床付)、六畳四室および縁より成る、一重、入母屋造、銅板葺[2] |
| 建築年 | 1618年(元和4年) |
| 文化財 | 国指定重要文化財 |
有楽苑(うらくえん)は、愛知県犬山市にある名古屋鉄道所有の日本庭園である。 旧名鉄犬山ホテル跡地に建設されたホテルインディゴ犬山有楽苑に隣接する[3]。
施設
如庵
国宝茶席三名席の一つ[3][5]。1618年(元和4年)に織田有楽斎が京都の建仁寺に建てた茶室である[5]。三井北家の10代当主の三井高棟によって旧正伝院書院および露地とともに買い取られ、三井本邸に移築されのち神奈川県大磯にあった別邸「城山荘」(現・大磯城山公園)に移築された[5][8]。1970年(昭和45年)に名古屋鉄道の所有となり、1972年(昭和47年)に堀口捨己の指揮により現在地に移築されている[3][5][8]。
旧正伝院書院
1618年(元和4年)、京都の建仁寺にあった塔頭「正伝院」に織田有楽斎が自らの隠居所として建てたものである[9]。有楽苑の創設に際し、如庵と共に移築された[9]。内部には長谷川等伯や狩野山雪の貴重な襖絵が保存されている[9]。また、1944年(昭和19年)9月5日に重要文化財に指定された[2]。
元庵(茶室)
有楽苑築造時に大阪の天満屋敷にあった有楽斎の茶室を古図に基づき復元したもので[10]、元庵の名称は表千家十三代即中斎(無盡宗左)により命名された[10]。
弘庵(茶室)
1986年(昭和61年)に建築家の中村昌生と京都伝統建築技術協会の設計で建てられた茶室で、苑内で開かれる茶会のために新築されたものである[7]。名称の由来は当時名古屋鉄道の社長であった竹田弘太郎に因む[7]。
岩栖門・含翠門
いずれも有楽苑築造時に如庵とともに大磯にあった別邸「城山荘」から移築された門である[11]。岩栖門は17世紀初頭に建てられた平唐門で、屋根は檜皮葺き、船底天井と呼ばれる船を反転させたような形状をしている[11]。含翠門についての建築年代や由来などの詳細はほぼわかっていないが、三井家の所有となっていたものである[11]。
- 如庵
- 旧正伝院書院
- 元庵
- 弘庵