木村玉治郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 木村 玉治郎(きむら たまじろう)は、行司の名跡。立浪部屋若しくは立浪部屋にルーツを持つ相撲部屋(現在の伊勢ヶ濱一門)に所属する行司が襲名することが多い。時代によっては、玉次郎と名乗っていたこともある。現在は空名跡である。 この名跡の現在までの襲名者は6人で、17代木村庄之助、19代式守伊之助、27代木村庄之助、37代木村庄之助が立行司になる前に名乗っていた。 2003年1月に、4代玉治郎である27代木村庄之助の最後の弟子で立浪部屋の木村雅之助が改名して6代目を襲名。本名:武田雅史。掛け声は師匠である27代木村庄之助の独特の掛け声を継承している。なお、5代目は6代目と同じ27代木村庄之助門下の兄弟子である。 玉治郎は初代から6代目まで、師弟関係で継がれている。 なお、玉二郎(13代木村玉之助)は別系の人物。 襲名者代々 17代木村庄之助が初代玉治郎(明治19年1月~明治27年5月) 19代式守伊之助が3代玉治郎(大正2年5月~大正14年5月 大正13年1月のみ玉次郎と記される) 27代木村庄之助が4代玉治郎(昭和22年11月~昭和48年11月 昭和29年3月、5月の2場所だけ玉次郎と記されたのは誤記) 37代木村庄之助が5代玉治郎(昭和52年1月~平成14年11月) 6代木村玉治郎(平成15年1月~令和5年9月 平成26年1月より三役格) 2代木村玉治郎 ※木村初太郎(木村玉治郎) 明治31年5月~同32年1月(2場所のみ)36人中19番目(裸足行司の可能性大) 所属部屋、初土俵(明治17年5月木村初太郎で番付初見 明治19年1月を最後に番付から消える 再び明治21年1月下位より番付に載る)、最終場所、本名、生年月日、没年月日、墓所、不詳。 初代との師弟関係、またはそれに近いものが確認されたので歴代(2代目)に加えられた。 表話編歴大相撲の由緒ある行司の名跡木村家 現在襲名中の名跡 木村庄之助〔立行司名〕(39代) 木村銀治郎(3代) 木村要之助(2代) 木村朝之助(4代) 木村庄三郎(11代) 木村光之助(3代) 木村善之輔(5代) 現在襲名されていない名跡 木村庄太郎(15代、2024年) 木村容堂(3代、2024年) 木村玉治郎(6代、2023年) 木村玉光(16代、2015年) 木村正直(4代、2013年) 木村林之助(4代、2010年) 木村保之助(3代、2006年) 木村庄二郎(6代、1990年) 木村正義(2代、1983年) 木村今朝三(2代、1970年) 木村誠道(4代、1963年) 木村庄九郎(9代、1962年) 木村玉之助〔かつての立行司名、のち副立行司名〕(13代、1959年) 木村宗四郎(3代、1959年) 木村重政(1953年) 木村清之助〔かつての大坂相撲の立行司名〕(8代、1942年) 木村喜代治(7代、1936年) 木村庄五郎(4代、1919年) 木村竜五郎(5代、1918年以降) 木村一学(2代) 木村亘り(3代、1898年) 木村多司馬(6代、1887年) 式守家 現在襲名中の名跡 式守伊之助〔立行司名〕(43代) 式守勘太夫(12代) 式守錦太夫(12代) 式守鬼一郎(6代) 式守慎之助(5代) 現在襲名されていない名跡 式守與之吉(10代、2019年) 式守与太夫(12代、2015年) 式守錦之助(8代、2008年) 式守伊三郎(2代、1987年) 式守卯之助(4代、1874年) 式守見蔵(6代、1872年) 「現在襲名中の名跡」ではカッコ内の代数は現在の代数を示し、「現在襲名されていない名跡」ではカッコ内の代数はこれまでで最後の代数、カッコ内の年はこの年以降襲名されていないことを示す。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks