末吉光徳
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長崎県南島原市有家町出身。長崎県立島原農業高等学校卒業。長崎県議会議員に6期当選。県連幹事長など党の要職を歴任し、2009年からは第60代県議会議長も務めた。しかし、現職議長として挑んだ2011年の県議会議員選挙で落選する。
2012年、第46回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で比例九州ブロックに立候補。小選挙区の大勝による議席増を見越した党本部が、比例名簿の登載人数が足りずに他党に議席を譲る事態を回避するため[2]の比例名簿登録だった。九州地区の選挙区で敗れた自民党の候補者が2名しかいなかったため、党6人目の順位で初当選。本人も「当選するとは夢にも思わなかった」[3]「宝くじで6億円当たるよりうれしい」と述べる望外の結果を得た。
2014年、第47回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で比例九州ブロック単独で立候補するも、落選した。
人物
脚注
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- ↑ 平成24年(2012年)12月21日中央選挙管理会告示第37号(平成二十四年十二月十六日執行の衆議院比例代表選出議員の選挙における衆議院名簿届出政党等に係る得票数、当選人の数並びに当選人の住所及び氏名に関する件)
- ↑ 九州の当選者、落選者 「国の仕組み変える」 「捲土重来期したい」 - 西日本新聞2012年12月18日
- ↑ 自民の比例名簿37位、末吉さん初当選 - 毎日新聞長崎県版2012年12月17日
- ↑ 自己破産“信頼”問われる自民、民主 - 長崎新聞2009年6月17日
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| ↓:途中辞職、失職、在職中死去など、↑:繰り上げ当選。 | |||||||||||||||||