Wikiwand AI

東門美津子

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1942-11-16) 1942年11月16日(83歳)
出身校 琉球大学
前職 沖縄県職員
東門 美津子
とうもん みつこ
2009年
生年月日 (1942-11-16) 1942年11月16日(83歳)
出生地 沖縄県中頭郡勝連町
(現:うるま市)
出身校 琉球大学
前職 沖縄県職員
現職 クオータ制で女性議員増をめざす会共同代表
所属政党 (社会民主党→)
無所属
称号 旭日小綬章
当選回数 2回
在任期間 2006年5月12日 - 2014年5月11日
選挙区 (沖縄3区→)
比例九州ブロック
当選回数 2回
在任期間 2000年6月 - 2005年8月
テンプレートを表示

東門 美津子(とうもん みつこ、1942年11月16日[1] - )は、日本の政治家。沖縄県沖縄市長(2期)。衆議院議員(2期)、沖縄県副知事を務めた。沖縄県初の女性首長である[2]。

琉球大学卒業後、オハイオ大学大学院修士課程(コースワーク)終了。 在日米軍海兵隊施設であるキャンプ・フォスター内にあるクバサキ・ハイスクールの教諭として勤める。 その後沖縄県庁に入庁。大田昌秀沖縄県知事の下で副知事を務めた。

2000年、第42回衆議院議員総選挙に、社会民主党公認(沖縄社会大衆党・自由連合推薦)で沖縄3区から立候補。1996年に社民党を離党し、民主党公認で立候補した前職の元沖縄開発庁長官・上原康助や自由民主党公認(公明党・保守党推薦)の嘉数知賢らを破り、初当選した。2003年の第43回衆議院議員総選挙では、選挙区で嘉数に敗れたが、重複立候補していた比例九州ブロックで復活し、再選。2005年の第44回衆議院議員総選挙では選挙区で再び嘉数に敗れ、比例復活もならず落選した。

2006年、社民・社大・民主・共産・自由連合5党の推薦を受け、沖縄市長選挙に無所属で立候補。自民・公明推薦の前沖縄市議・桑江朝千夫を破り、当選。2010年、沖縄市長に再選。その後2014年の市長選挙には立候補せず任期満了により退任。事実上の後継候補である島袋芳敬は東門市政の継承を謳い立候補した。しかし、東門が8年前に下した桑江が市長に当選し、東門市政は刷新されることになった。

引退後の2021年2月末、議会における女性議員割合の増加を目標とする「クオータ制で女性議員増をめざす会」の共同代表に就任[3]。

2016年11月の秋の叙勲で旭日小綬章を受章する[4]。

政策

脚注

外部リンク

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks