東順治
From Wikipedia, the free encyclopedia
1946年10月3日、福岡県若松市に生まれる。1962年3月、若松市立第五中学校を卒業。1965年3月、八幡大学附属高等学校を卒業。 1969年3月、北九州大学外国語学部米英学科を卒業。
1990年2月18日、第39回衆議院議員総選挙に公明党公認候補として旧福岡2区から立候補し、初当選。1993年7月18日、第40回衆議院議員総選挙で2選。
1994年、羽田内閣が発足し、神田厚防衛庁長官の下で防衛政務次官に就任。
1996年10月20日、小選挙区比例代表並立制の下で初めて行われた第41回衆議院議員総選挙において福岡4区から新進党公認候補として立候補し、自民党の渡辺具能に敗れて落選。
1997年12月27日、新進党の両院議員総会において新進党分党を決定し、同月31日、政党助成法に基づく手続きを完了して同分党。1998年1月4日、新進党解党に伴い、新党平和に参加。1998年3月31日、新進党比例区選出の愛野興一郎が同月20日に死去したことに伴い、比例九州ブロックから繰上補充により当選[1]。
1998年11月17日、衆参統一の公明党の再結成に参加。2002年10月、党国会対策委員長太田昭宏の退任に伴い国会対策委員長に就任。2005年9月、党国会対策委員長を漆原良夫に譲り、党副代表に就任。2012年12月、第46回衆議院議員総選挙には出馬せず、政界を引退。