阿部弘樹
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| 阿部 弘樹 あべ ひろき | |
|---|---|
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博多駅前にて(2022年) | |
| 生年月日 | 1961年12月15日(64歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 |
熊本大学医学部 熊本大学大学院医学研究科 |
| 前職 |
精神科医 熊本県職員 厚生省職員 |
| 所属政党 |
(無所属→) (自由民主党→) (日本維新の会→) (無所属[注 1]→) 自由民主党(麻生派) |
| 称号 |
医師 医学博士 |
| 子女 | 長男・阿部秀樹(福岡市議会議員) |
| 公式サイト | 阿部ひろき|日本維新の会 福岡県第4区支部長 |
| 選挙区 |
(比例九州ブロック(福岡4区)→) 比例九州ブロック |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 2021年11月5日[1] - 現職 |
| 選挙区 | 福津市選挙区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 | 2009年 - 2019年 |
| 当選回数 | 1回 |
| 在任期間 | 2001年 - 2005年 |
阿部 弘樹(あべ ひろき、1961年〈昭和36年〉12月15日 - )は、日本の政治家、精神科医、神職。衆議院議員(3期)。津屋崎町長(1期)、福岡県議会議員(3期)を務めた。法務委員会委員。
津屋崎町(現・福津市)の神職の家に生まれる。神社の庭掃除の傍ら病気回復を願う多くの高齢者を間近にし、自身も体が弱く医師を志した。熊本大学医学部を卒業しウィーン大学研究所留学を経て熊本大学大学院医学研究科修了[2]。熊本県庁、粕屋保健所、旧厚生省精神保健福祉課などで勤務し39歳の若さで地元の町長に転身[3][4]。
2005年に津屋崎町が福間町と合併し、福津市が発足すると、同年の市長選挙に立候補するが、落選。同年4月より河野正美が理事長を務める河野病院の副院長に就任し、2007年11月より院長を務めた[5]。2009年2月の福岡県議会議員補欠選挙に立候補し、当選。2011年の県議選では自由民主党公認で立候補し、民主党が擁立した越本隆志を破り再選。2015年の県議選では無投票で再選。2019年の県議選でも自民党公認で立候補したが、党市支部が新人の元市消防団長、吉田浩一を推薦する保守分裂選挙となり、吉田に敗れ落選[6][7]。
2021年10月の第49回衆議院議員総選挙では福岡4区から日本維新の会公認で立候補し、小選挙区では自民党の宮内秀樹らに敗れ3位となるも、重複立候補していた比例九州ブロックで復活し、初当選[8]。
2022年4月には維新の福岡県総支部の代表に就任したが、2023年6月3日の県総支部の代表選挙では天野浩福岡市議会議員に敗れ、同日付で退任した[9]。
2024年10月の第50回衆議院議員総選挙では福岡4区から日本維新の会公認で立候補し、小選挙区では自民党の宮内らに敗れ3位となるも、比例復活で再選[10]。
2025年8月2日、福岡維新の会の代表選に立候補したが、福岡市議の阿部正剛に敗れた[11]。
同年9月8日、守島正、斉木武志両衆議院議員と共に日本維新の会に離党届を提出した[12]。17日、維新は3人について、「党の名誉を傷つけた」として除名処分とした[13]。22日には、斉木を代表とする3人による衆議院会派「改革の会」の結成が発表された[14][15]。
10月6日、改革の会と有志の会が合流して結成された新会派「有志・改革の会」に参加したが[16]、10月20日に同会派が解散したたため再び「改革の会」所属となった[17]。翌21日の首班指名選挙では自由民主党の高市早苗総裁に投票した[18]。
11月28日、衆議院会派「自由民主党・無所属の会」に入会した[19][20]。
2026年1月23日、同年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙に自由民主党から比例九州ブロック単独で立候補することが発表された[21]。比例単独34位に掲載され、自民党が圧勝する中で3選を果たした[22]。選挙後、麻生派に入会した[23]。