東京都第6区
日本の衆議院議員選挙における東京都の選挙区のひとつ
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区域
現在の区域
2022年(令和4年)公職選挙法改正以降の区域は以下のとおりである[1][2][3]。若林・上町は6区から5区に移行した。
2017年から2022年までの区域
2017年(平成29年)公職選挙法改正から2022年の小選挙区改定までの区域は以下のとおりである[4][5]。2017年の区割変更に伴い、代沢・太子堂は6区から5区に移行した。
2013年から2017年までの区域
2013年(平成25年)公職選挙法改正から2017年の小選挙区改定までの区域は以下のとおりである[6][7]。2013年の区割変更に伴い、池尻・三宿は6区から5区に移行した。
2013年以前の区域
1994年(平成6年)公職選挙法改正から2013年の小選挙区改定までの区域は以下のとおりである[8]。
世田谷区のうち、南東部(東京都第5区に属す地域)を除いた、北部および西部が区域となる。23区内でも有数の住宅地であり、無党派層が多い。2008年9月に総務省が公表した数値によれば全国の小選挙区の中では千葉県第4区に次いで有権者が多かった。
歴史
1996年の総選挙では、新進党新人の岩國哲人が初当選[注釈 1]。2000年の総選挙では、民主党の石井紘基が自民党の越智通雄ら大差を破り当選した[注釈 2]。
しかし、石井は2002年10月25日に自宅前で右翼団体の男に刺殺され(石井紘基刺殺事件)、翌2003年4月27日に補欠選挙が行われた。この補選では、民主党の小宮山洋子が元職の越智通雄らを大差で退け初当選した。同年の総選挙では引退した通雄に代わって次男の越智隆雄が出馬したが小宮山に5万票以上の大差を付けられて落選。
2005年の総選挙では、郵政解散の追い風に乗った越智が小宮山を6,467票差で破り当選し(小宮山も比例で復活当選)、自民が1996年以来4度目の選挙で初の小選挙区議席を獲得した。越智家にとっては親子二代で初の小選挙区当選でもあった。
2009年の総選挙では民主党の追い風を受けて小宮山が雪辱し、自民党の逆風により7万票以上の大差で敗れた隆雄は比例でも復活できずに議席を失った。
2012年の選挙では逆に隆雄が雪辱を果たす。選挙前まで厚生労働大臣を務めていた小宮山は、民主党への逆風も相俟って3万票近い票差を付けられ議席を失った。
2014年の総選挙でも引き続き隆雄が勝利。民主党は公認候補を擁立できず、維新の党公認の落合貴之が比例復活で当選した。
2017年の総選挙では、立憲民主党から出馬した落合が隆雄との激戦を1,978票差で制した(隆雄も比例で復活)。
2021年も落合が4,983票差で隆雄を退け、連続当選を果たした。なお、1996年以降当選挙区では、比例復活当選の議員が7人もいる[注釈 3]。
2024年は出馬を取りやめた隆雄に代わり自民党から立候補した前都議の土屋美和を43,323票差で落合が下し、比例復活も許さなかった。
越智隆雄は母方の祖父に福田赳夫、叔父に福田康夫と内閣総理大臣を持ち、赳夫の娘婿である父の通雄も経済企画庁長官を務めるなどの経歴を有する世襲議員の一人である。隆雄のこれまでの選挙では通算3勝4敗。父の通雄は、中選挙区時代を含めて3回の落選と1度の比例復活を経験していて、同区での小選挙区当選を一度も果たせないまま引退した。隆雄は2017年の選挙で、父と並ぶ3回目の落選と1度目の比例復活となり、2021年の選挙で比例復活の回数を2度に伸ばした。2024年には派閥の政治資金問題を受け、隆雄は自身は適切な会計処理をしてきたとしながらも、不記載議員として扱われており、有権者への説明が困難であるとして総選挙に出馬しなかった[9]。
2026年は落合は中道改革連合から出馬。自民党からは元衆議院議員(比例中国ブロック)で診療放射線技師の畦元将吾が出馬した。接戦の末、約1万票差で畦元が当選した。落合は本来比例復活もできない見込みだったが、比例東京ブロックの自民党の名簿登載者が不足した影響で中道改革連合に議席が回り、比例復活当選を果たした[10]。
選出議員
選挙結果
時の内閣:第1次高市内閣 解散日:2026年1月23日 公示日:2026年1月27日
当日有権者数:40万1521人 最終投票率:61.49%(前回比:
2.67%) (全国投票率:56.26%(
2.41%))
- 畦元は第48回・第49回は比例中国ブロックから立候補し、第48回は三浦靖の参院選出馬に伴う議員辞職により2019年7月に繰り上げ当選。第49回は当選。第50回は比例東京ブロックから立候補したが落選。第23回参議院議員通常選挙・第24回参議院議員通常選挙・第27回参議院議員通常選挙は比例区から立候補したが落選。
時の内閣:第1次石破内閣 解散日:2024年10月9日 公示日:2024年10月15日
当日有権者数:39万9276人 最終投票率:58.82%(前回比:
1.54%) (全国投票率:53.85%(
2.08%))
- 河村は元職河村建夫の息子。第49回は比例北関東ブロックから、第26回参議院議員通常選挙は比例区から自民党公認で立候補したが、いずれも落選。
- 望月は2025年東京都議会議員選挙(世田谷区選挙区)に立候補し当選。
時の内閣:第1次岸田内閣 解散日:2021年10月14日 公示日:2021年10月19日
当日有権者数:46万7339人 最終投票率:60.36%(前回比:
4.94%) (全国投票率:55.93%(
2.25%))
時の内閣:第3次安倍第3次改造内閣 解散日:2017年9月28日 公示日:2017年10月10日
当日有権者数:45万6048人 最終投票率:55.42%(前回比:
0.06%) (全国投票率:53.68%(
1.02%))
- 植松は第20回参議院議員通常選挙・第21回参議院議員通常選挙に香川県選挙区から民主党公認で立候補し第21回のみ当選。第23回参議院議員通常選挙に香川県選挙区から無所属で立候補したが落選。
時の内閣:第2次安倍改造内閣 解散日:2014年11月21日 公示日:2014年12月2日
当日有権者数:46万9925人 最終投票率:55.48%(前回比:
7.86%) (全国投票率:52.66%(
6.66%))
時の内閣:野田第3次改造内閣 解散日:2012年11月16日 公示日:2012年12月4日
当日有権者数:48万4860人 最終投票率:63.34%(前回比:
2.33%) (全国投票率:59.32%(
9.96%))
- 小宮山は選挙後、政界引退。
- 花輪は2013年の東京都議会議員選挙に日本維新の会から世田谷区選挙区で出馬するも落選。第48回は希望の党公認で宮崎県第3区から立候補したが落選。
時の内閣:麻生内閣 解散日:2009年7月21日 公示日:2009年8月18日
当日有権者数:48万1818人 最終投票率:65.67%(前回比:
0.64%) (全国投票率:69.28%(
1.77%))
時の内閣:第2次小泉改造内閣 解散日:2005年8月8日 公示日:2005年8月30日 最終投票率:65.03% (全国投票率:67.51%(
7.65%))
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧 | 得票数 | 得票率 | 惜敗率 | 推薦・支持 | 重複 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 越智隆雄 | 41 | 自由民主党 | 新 | 136,750票 | 46.31% | ―― | ○ | |
| 比当 | 小宮山洋子 | 56 | 民主党 | 前 | 130,283票 | 44.12% | 95.27% | ○ | |
| 田中美代子 | 58 | 日本共産党 | 新 | 28,252票 | 9.57% | 20.66% |
時の内閣:第1次小泉第2次改造内閣 解散日:2003年10月10日 公示日:2003年10月28日 (全国投票率:59.86%(
2.63%))
投票日:2003年4月27日
当日有権者数:457,386人 最終投票率:40.63%
| 当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 小宮山洋子 | 54 | 民主党 | 新 | 99,600票 | 56.00% | |
| 越智通雄 | 74 | 自由民主党 | 元 | 57,783票 | 32.49% | ||
| 田中美代子 | 56 | 日本共産党 | 新 | 20,483票 | 11.52% |
時の内閣:第1次森内閣 解散日:2000年6月2日 公示日:2000年6月13日 (全国投票率:62.49%(
2.84%))
- 保坂は22区からの国替え。
時の内閣:第1次橋本内閣 解散日:1996年9月27日 公示日:1996年10月8日 (全国投票率:59.65%(
8.11%))
- 岩國はのちに民主党に合流し、第42回は比例単独で当選、第43回以降は神奈川8区へ国替え。