東大館駅
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名称の由来
- 1914年(大正3年)7月1日:秋田鉄道の駅として北秋田郡大館町に開業[2]。
- 1934年(昭和9年)6月1日:秋田鉄道国有化により、鉄道省(国鉄)に移管[2]。
- 1961年(昭和36年)10月11日:昭和天皇、香淳皇后が乗車のお召し列車が東大館駅発、湯瀬駅着で運転[3]。
- 1973年(昭和48年)3月31日:貨物の取り扱いを廃止[2]。
- 1985年(昭和60年)3月14日:荷物の扱いを廃止[2]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[2]。
- 1999年(平成11年)12月4日:CTC化に伴い交換設備廃止、業務委託化(当直勤務廃止)[4]。東大館駅長が廃止され、鹿角花輪駅長管理下となる。
- 2019年(令和元年)9月4日:簡易型自動券売機によるきっぷ発売を終了。
- 2020年(令和2年)
- 2021年(令和3年)
- 2022年(令和4年)
- 2024年(令和6年)10月1日:えきねっとQチケのサービスを開始[1][11]。
当駅は大館駅の南、市街地からは西の方角に位置する。東大館駅の「東」は「大館駅の東」や「大館市の東」など方角を表しているのではなく、「東大館町」に由来する。東大館駅がある常盤木町は江戸時代の羽州街道であり、街道沿いの警護のため常盤木町には足軽屋敷が配置された。侍屋敷の地域を内町、町人町を外町として区別していた。常盤木町は地理的には外町だが侍が住んでいたことから行政上は内町に区分された。のちに、戸長制がしかれるにあたり、内町=東大館、外町=西大館と改称され、内町だった常盤木町はそのまま東大館町に組み入れられた。駅の開業当時はすでに東大館町と西大館町が合併して大館町になっていたが、駅には東大館駅と命名された。
駅構造
利用状況
JR東日本によると、2000年度(平成12年度)- 2018年度(平成30年度)の1日平均乗車人員の推移は以下のとおりであった。
| 1日平均乗車人員推移 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | 定期外 | 定期 | 合計 | 出典 |
| 2000年(平成12年) | 405 | [利用客数 1] | ||
| 2001年(平成13年) | 336 | [利用客数 2] | ||
| 2002年(平成14年) | 298 | [利用客数 3] | ||
| 2003年(平成15年) | 254 | [利用客数 4] | ||
| 2004年(平成16年) | 234 | [利用客数 5] | ||
| 2005年(平成17年) | 224 | [利用客数 6] | ||
| 2006年(平成18年) | 243 | [利用客数 7] | ||
| 2007年(平成19年) | 251 | [利用客数 8] | ||
| 2008年(平成20年) | 240 | [利用客数 9] | ||
| 2009年(平成21年) | 235 | [利用客数 10] | ||
| 2010年(平成22年) | 211 | [利用客数 11] | ||
| 2011年(平成23年) | 207 | [利用客数 12] | ||
| 2012年(平成24年) | 34 | 158 | 192 | [利用客数 13] |
| 2013年(平成25年) | 30 | 161 | 191 | [利用客数 14] |
| 2014年(平成26年) | 31 | 154 | 185 | [利用客数 15] |
| 2015年(平成27年) | 29 | 161 | 191 | [利用客数 16] |
| 2016年(平成28年) | 29 | 193 | 223 | [利用客数 17] |
| 2017年(平成29年) | 29 | 211 | 240 | [利用客数 18] |
| 2018年(平成30年) | 25 | 213 | 239 | [利用客数 19] |
