東映動画のデジタル製作システム
From Wikipedia, the free encyclopedia
東映(株)の動画製作部門と子会社としてテレビ用アニメーション作品と劇場用作品で実績を重ねていた東映動画だったが、1971年から1972年に掛けて度重なる労働争議やそれらに伴うロックダウンなどにより、労使双方が疲弊する事態になり、それらを解決する過程の中で、製作システムの合理化の模索と共に具体性と実効性を伴いつつ、両立感のある具体策を通じ製作単価を切り下げずに赤字幅を縮小しつつも製作現場に配慮する方法として、アナログ製作(※いわゆる「フィルム製作」)からコンピューター製作(後の「デジタル製作」)に段階的に切り替えて行く方法を全社横断的な研究開発で探る方法が執られた。その研究開発は労働争議以降に東映動画の社長を受け継いだ今田智憲新社長の下で推進され、以下の歴史と共に着々と道筋を付けて行き、1994年春に今田が取締役会長に就任後、泊懋新社長が就任し新体制下でも調査研究開発が続けられ、やがて1994年からデジタル製作への道筋が本格的に付けられた。
沿革
1973年2月 コンピュータ研究開発室を設置。コンピュータ使用の為の社内勉強会と社内研究会を独自に開催。
1974年2月 研究開発室を開設、池田宏が配属。
1974年9月 開発室に組織昇格。
1975年1月 開発部に組織昇格格。引き続き池田宏が課長として続投。
1977年4月 技術開発委員会が東映動画社内(大泉スタジオ内)に設置。
1980年3月 研究開発室が設置。高野孝が開発室長兼責任者として着任。池田宏は開発室次長として着任。
1980年6月 開発部技術開発委員会研究開発室長として池田宏が着任し、研究開発室と共同で「コンピューターアニメ製作」に関する研究開発に従事。
1984年4月 研究開発室(室長:高野孝)が主導する形式で、富士通システムズ、IBM日本法人と共同開発を目指し「コンピューターアニメーション製作システム」に関する技術開発に着手。(※後述)
1985年2月 池田宏が東映動画を退社。同氏は任天堂に入社。任天堂社内設置「情報開発部長」就任。
1986年5月 日立、東芝、富士通システムズ、IBM(日本法人)、報映産業の各社協力により、「東映動画コンピューターアニメーションプロトタイプシステム」を制作。
1989年8月 同システムの「実用化試験」を開始。吉村次郎(東映動画撮影部出身)がIBM製画像処理用中型コンピューターを中心に構築したシステムを纏める。
1991年12月 前述の「東映動画コンピューターアニメーションプロトタイプシステム」製作によるテスト画像が完成。尺は約10分。
1992年1月 同システム名を「CATAS(Computer Aided Toei Animation System)」(コンピュータ支援による東映動画アニメーション製作システム)と命名し試験運用を開始、CATASオペレーターの育成を図った。
1994年3月 東映動画代表取締役社長に泊懋が新就任。今田智憲は取締役会長に就任し今田から泊にCATASシステムを引き継ぎ、泊の総指揮によりCATASシステムを「新デジタル製作システムプロジェクト」として改組し、社内研究を推進。
1994年5月 新デジタル製作システムプロジェクトを「デジタルプロジェクト」と泊が命名し、大泉スタジオ内に同プロジェクト専用室を設置、高野孝を室長として、山口康男、大菊剛、吉村次郎、片田利明、平尾三喜をプロジェクトメンバーとして任命。同メンバーによる新たなデジタル製作システム開発に取り組む。
1994年6月 - 9月 デジタルプロジェクトが日本国内アニメーション製作各社の「デジタル製作システム」(試験導入も含む)状況を調査。同調査により、スタジオぴえろは「animo」をDAR室(デジタルアニメーションルーム)で試験中、ディズニーアニメーションジャパン社は独自方式を導入、グループ・タックは「toons」システムを試験導入中、CGシステム連携などの調査結果が纏まる。
1994年11月 同デジタルプロジェクトと旧CATASシステム開発を通じ関係の報映産業が橋渡しをする形式で「RETAS PRO!」を東映動画社内で試験導入。
1995年2月 RETAS PRO!の試験導入で製品評価を行い、吉岡修東映動画製作部長を責任者として「デジタルプロジェクト」を改組し製作部デジタル製作室(専任研究開発室)を設置、研究開発室を統合後、デジタル製作システムを本格導入し作品製作過程の合理化を推進。
1996年4月 東映アニメーション研究所と東映動画製作部が共同製作する形式で、同社デジタル製作第1作目の作品「ゲゲゲの鬼太郎 コピー妖怪対鬼太郎」 (不正商品対策協議会 監修作品)を製作、同作品をD-2VTRで納品。
以後、「金田一少年の事件簿」(本編は第1シリーズ第43話、OP/EDは第30話付から)の製作を皮切りに、RETAS PRO!によるデジタル製作システムによる製作を行った。
コンピューターアニメ製作研究黎明期のシステム構成
1984年4月時点の「コンピューターアニメ製作」研究黎明期のシステム構成は以下の通り。
- 画像(動画)取り込み:ドラム式スキャナー×1台
- 撮影:モノクロ/カラー兼用ビデオカメラ×1台
- 画像処理機:汎用パソコン2台、PC用モニター×2台 (富士通製、IBM製<国内仕様>)
- 特殊効果用エフェクター:SONY製DVE×1台
- 収録用VTR/コントローラ:U-MATIC VTR×2台、コントローラ2台
- 周辺機器接続用システム:1式(富士通製、IBM製共同)
- 画像処理/合成/彩色/撮影専用ソフト:1式(富士通製、IBM製共同)
研究過程に於ける画像処理方法
1984年4月時点の「コンピューターアニメ製作」研究黎明期の製作方法は以下の通り。
- 作画:通常作画(原画作画、動画作画)を行い、作画済動画をモノクロカメラで直上から撮影。
- 背景:通常作画、作画済背景をカラーカメラで直上から撮影またはドラム式スキャナーで取り込み。
- 彩色:「セル」(※現在で言う所の「レイヤー」)1点に対し1枚の彩色を行う専用ソフトで手動彩色作業。
- 撮影:彩色済「セル」を専用タイムシートに従って配置し、セルロック(位置固定/位置ずらし)を行い、撮影。
- 合成:撮影済「セル」に対し、取り込み済み背景(カラー処理)をセル合成して1カット単位で出力。
- 出力:セル合成済「セル」を合成出力用PCで出力。但し出力はNTSC-J準拠信号をコンポジット出力。
- 収録:出力機(PC)のNTSC-J信号を周辺機器経由でVTRに入力し、VTRはフレーム単位で収録。
- 確認:収録済VTRをプレイバック(再生)し、出力結果を確認。
※なお、後に「収録用VTR」をU-MATICから1吋CタイプVTRに1987年2月に更新。
※出典:映像通信1980年1月第3号、1980年4月第7号、1981年5月第2号、1982年8月第9号、1984年2月第3号、1985年11月第18号(映像通信社・刊)