桃山学院中学校・高等学校
大阪府大阪市にある中高一貫校
From Wikipedia, the free encyclopedia
桃山学院中学校・高等学校(ももやまがくいんちゅうがっこう・こうとうがっこう、英: St. Andrew's School)は、大阪府大阪市阿倍野区昭和町三丁目にある中高一貫教育を行う私立の中学校および全日制普通科高等学校。略称および通称は
高等英學校
桃山學院
桃山學校
私立桃山中學校
桃山中學校
| 桃山学院中学校・高等学校 | |
|---|---|
|
| |
北緯34度37分47.8秒 東経135度31分2.7秒 | |
| 過去の名称 |
三一小學校 高等英學校 桃山學院 桃山學校 私立桃山中學校 桃山中學校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人桃山学院 |
| 理念 | 自由と愛の精神に基づく学びの場として、生徒一人ひとりを大切にし、個々の生徒が持つ多様な可能性を開花させ、健全な社会の実現に貢献できる若者を育成することを使命とする[1]。 |
| 校訓 |
|
| 設立年月日 | 1884年 |
| 開校記念日 | 4月15日 |
| 創立者 | チャールズ・F・ワレン |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 中高一貫教育 | 併設型(別クラス型) |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース |
S選抜コース S英数コース 文理コース 文理クラス アスリートクラス 英数コース 国際コース 中高一貫コース 6年選抜コース 6年進学コース |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード |
C127310000229 (中学校) D127310000218 (高等学校) |
| 高校コード | 27524H |
| 中学校コード | 270583 |
| 所在地 |
〒545-0011 大阪府大阪市阿倍野区昭和町三丁目1番64号 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
概要
イギリスの英国聖公会宣教協会によるミッション・スクールであった三一小学校を源流とし、大阪府内で11校目、私立校で初の旧制中学校として開設された私立桃山中学校を前身校とする。日本聖公会関係学校として学校法人桃山学院により設置運営される。
事実上の併設型中高一貫教育校であるが、高等学校において、中学校から入学した内部進学の生徒と高等学校から入学した外部進学の生徒との間で、混合しない学級編成(別クラス型)をする。
キリスト教の自由と愛の精神をモットーにしており、自由な校風が特長。生徒自治会活動は活発である。
米国聖公会学校連合会と提携したEP留学制度(Exchange Program)や国際コース以外の生徒を対象としたカナダ短期海外研修など留学制度が充実している。
ミッションステートメント
自由と愛の精神に基づく学びの場として、生徒一人ひとりを大切にし、個々の生徒が持つ多様な可能性を開花させ、健全な社会の実現に貢献できる若者を育成することを使命とする[1]。
モットー
教育方針
生徒一人ひとりの人格を尊重し、健やかな心身の成長と豊かな学力の形成を図り、社会のために責任ある一員となる人物を育てること[2]。
キリスト教精神
一人一人の人格と主体性を尊重する自由には、互いに仕え合いながら他者と共に生きる、他者への愛と責任が伴う。この「自由と愛の精神」は、全ての人間が一致しうる普遍的な理念であり、人類共通の目標である。また建学の精神でもある[1]。
沿革
年表
- 1884年(明治17年) - 川口外国人居留地[注釈 1]に、三一小学校(男子校)が英国聖公会宣教協会(CMS)ジャパン・ミッション宣教師であったチャールズ・F・ワレンによって創設[3]。
- 1890年
- 1891年1月30日 - 開校式を挙行[3]。
- 1893年9月 - 予科2年、本科3年の5年制に改編[3]。
- 1895年
- 1896年8月26日 - 桃山学校と再改称[3]。中学科4年、高等科1年に改編。
- 1902年
- 1904年4月16日 - 明治37年文部省告示第94号において、徴兵令第13条による官立府県立中学校(旧制)と同等以上として認定の告示。
- 1912年(大正元年)8月6日 - 同府東成郡田辺村大字北田辺[注釈 3]に移転。
- 1918年
- 3月10日 - 大阪朝日新聞で不穏事件が報じられる。学校がロシア革命をもとに革命思想の鼓舞、明治神宮への寄付の拒否、神仏破壊の推奨などを行い、非キリスト教信者の教員を退職させたほか、教諭が生徒を激しく殴打したとして、生徒側は学校を批判した。新聞は、背後に退職教諭による体制批判の演説があったとした。一連の流れに対し学校側は、憲兵隊に教諭の取り調べを訴えた[4]。
- 4月17日 - 全校生徒が大規模な同盟休校・立てこもり事件を起こす。全生徒が放課後、平野郷町の融通念仏宗総本山・大念仏寺に集合し、関西本線で柏原町に移動。隊伍を組んで玉手山遊園を見物後、安福寺に立てこもった。全生徒は「非国民的教育を強いる校長以下全教職員」の総退陣を要求し、歩哨を建てて徹夜で籠城を果たした。これに対し学校側は大協議会を実施し、校長は「宗教が嫌なら最初からこの学校を選ぶべきではない」との声明を発した[5]。
- 1920年4月1日 - 大正9年文部省告示第188号において、桃山中学校(旧制)と改称の件の告示。
- 1922年 - 竹鶴政孝[注釈 4]が同校化学科教諭を務める[6]。
- 1927年
- 1933年(昭和8年)3月31日 - 設立者を財団法人桃山中学校に変更の件が認可。
- 1934年9月21日 - 室戸台風の暴風雨により木造校舎が倒壊[7]
- 1945年
- 1946年4月1日 - 休校中の大阪市立日本橋小学校を借用し一時移転。
- 1948年
- 1949年
- 1961年9月16日 - ジェーン台風によって大阪聖アンデレ教会(桃山学院聖アンデレ礼拝堂)が被災、大破。
- 1964年11月29日 - 礼拝堂竣工感謝の献堂式挙行。
- 1969年
- 1971年10月16日 - 服装の完全自由化[3]。
- 1972年10月21日 - 桃山学院中学校の1973年度以降の募集停止を正式決定。
- 1994年(平成6年) - 桃山学院中学校を閉校。
- 2001年
- 3月 - 聖アンデレ館(A館)竣工。
- 4月 - 男女共学の国際コースを併置開設[注釈 6]。
- 2004年
- 2005年 - 自治会主導の下、体育祭を約30年振りに復活開催。
- 2006年
- 2007年
- 2008年4月 - 桃山学院中学校を再開校。
- 2009年 - 新体育館竣工。
- 2011年 - 標準コースを文理コースと改称し、男女共学化[注釈 9]。
- 2020年(令和2年)8月 - 中高購買部・食堂が設置される聖テモテ館(T館)竣工。
基礎データ
所在地
アクセス
鉄道
バス
- 大阪シティバス
- (62・63・64・67号系統)「王子町」停留所より東へ約700m(徒歩約9分)
- (3・54A・54B・54D号系統)「地下鉄西田辺」停留所より北へ約1.0km(徒歩約13分)
- (6号系統)「あべの区役所前」停留所より南へ約1.1km(徒歩約14分)
象徴
校名
1891(明治24年)年に東成郡天王寺村大字天王寺字中山[注釈 13]に移転新築した際、その界隈が桃の名所として親しまれて「桃山」と呼ばれていた為、1895年には高等英学校を「桃山学院」と改称した[1]。新聞等では高等学校の略称として「桃学高」と表記されたこともあったが一般的ではなく、地元ではその通称として「ピン高」と呼称されている[注釈 15]。
校章
学院章に同じ。印刷物等において実際に用いられてきた意匠には、年代によって、地色の表現や「SEQUIMINI ME」の文字部分に微妙な差異が見られる。
校歌
- 「わが心の砦」 作詞:阪田寛夫、作曲:辻井英世
この校歌は、旧制中学校時代から数えて3代目の校歌である。
制服
高等学校では、生徒自治会からの要望に基づき、1971年10月から服装の自由化を実施している為、いわゆる「制服」は無い。選択肢の一つとして「標準服」(ブレザー。購入、着用は自由)が用意されている。国際コースは、留学時に着用義務がある為、全員購入する[9]。
また、服装は完全に自由化されてはおらず、ズボンやスカートの丈などに規定がある。2017年7月、生徒自治会による私服制限緩和運動により、ズボンの7部丈が試験的に解禁となった。
中学校には制服があり、デザイナーのミヤモトユリコによるデザインで、ジャケット、ベスト、セーターに、男子はネクタイやチノパン、女子はスカートやパンツを合わせるといった、様々な組合せが可能なものである。
多くの在校生女子が学校のアピールポイントとして「制服の可愛いさ」を挙げており、赤のチェックスカートに人気があるという[10]。
設置する課程、学科、コースならびに定員
桃山学院中学校
- 6年選抜コース - 120名(募集人員70名:2学級;A方式45名、B方式20名、C方式5名;2026年度より30名増員)
- 6年進学コース - 240名(募集人員70名:2学級;A方式45名、B方式20名、C方式5名;2026年度より10名減員)
桃山学院高等学校
- 全日制課程
- 普通科 - 1560名(募集人員400名:10学級)
- S選抜コース -(高校第2学年から希望者を選抜して編成:1学級;2022年度入学生より選抜開始)
- S英数コース - 240名(募集人員80名:2学級)
- 英数コース - 240名(募集人員80名:2学級)
- 文理コース - 480名(募集人員160名:4学級;2011年度より募集開始)
- 文理クラス - 360名(募集人員120名:3学級)
- アスリートクラス - 120名(募集人員40名:1学級;男子専願のみ)
- 国際コース(短期留学・長期留学) - 240名(募集人員80名:2学級)
- 中高一貫コース
- 6年選抜コース - 120名(桃山学院中学校からの進学者40名:1学級)
- 6年進学コース - 240名(桃山学院中学校からの進学者80名:2学級)
- 普通科 - 1560名(募集人員400名:10学級)
特別活動
生徒会活動
- 高等学校生徒自治会
生徒自治会指導部(教員)・生徒自治会執行部(生徒)があり、執行部は、予算案作成や、学校行事・HR(ホームルーム)などの企画運営を行い、各種専門委員会(学年HR委員会・文化部体育部連合委員会等)、各部活動を管轄する。
執行部は会長1名、副会長2名、書記4名、会計2名で構成される。(前期後期に分かれ、前期の任期は1月~6月、後期は7月~12月)
本校の自治会活動は、生徒心得の変更を行ったり、行事の拡大を行ってきたなど、他の私立高校に比べると活発である。
学校行事
アンデレ祭
入学したばかりの1年生にクラブ活動を紹介するイベント。俗にいう部活紹介で、生徒自治会が主催し、同会役員主導で企画、運営を行う。
体育祭
赤・青・緑・黄の、学年の枠を超えた4つの「団」が結成される。学年、クラスの枠を超えた団で得点を競い合い、大縄跳び[注釈 16]、つな引き、団対抗リレー等が展開される。団の色をベースとしたクラスTシャツが各クラスで制作され、また、団毎に応援団も結成されて、生徒の考案した振り付けで演舞を披露する。毎年、大阪城ホールで開催されており[注釈 17]、生徒自治会が体育祭実行委員会を組織し、主催する。
桃山「学」宿
(桃山学宿実行委員会) 毎年、鉢伏高原にて2泊3日で実施している1977年より続く生徒自治会主催の伝統行事。参加は任意で、卒業生や教員も参加。生徒自治会役員主導で企画、運営を行う。「本気で遊び、本気で学ぶ」
文化祭
桃山学院高校最大の行事。来客数は4,000名を超える。2018年より3日間に渡って行われ、1日目に合唱コンクール予選、2日目に合唱コンクール決勝と校内生文化祭、3日目に一般公開の模擬店や舞台映画発表等が行われる。一般の人の立ち入りは3日目のみ。生徒自治会が文化祭委員会を組織し、主催する。
アンデレカップ
参加は任意。2019年度は男子はサッカー・3on3(バスケットボール)、女子はドッジボール・バレーボールであった。生徒自治会が主催し、同会役員主導で企画、運営を行う。
2年生修学旅行/語学研修
毎年7月に、北海道・沖縄・カナダ(バンクーバー)での語学研修の3つから生徒が選ぶ形式になっている。 一貫コースは例年英国研修旅行であったが、2017年はヨーロッパ情勢の悪化に伴い、オーストラリア研修旅行に変更された。
プロヴィデンスデイ
各教員が担当教科にとらわれず多種多様な講座を開講する、総合学習の取り組みの一つ。高校1・2年生を対象に、2学期と3学期に行われている。
宿泊を伴うオリエンテーションはある。水泳大会や水泳合宿といった夏季の体育行事は無い。また冬季の体育行事としては、球技大会やマラソン大会は無いが、耐寒登山やスキー合宿は行われている。文化行事としては、や芸術選択科目の作品展示会・発表会、百人一首大会、合唱コンクール、予餞会は無いが、芸術鑑賞会はある。
- 1学期
- 4月 - 入学式、1学期始業式、課題実力考査(中学2、3年)、学力診断テスト・課題テスト(高校)、オリエンテーション合宿(中学1年) 、新入生歓迎会、開校記念日・開校記念礼拝、1日遠足(高校3年以外)、アンデレ祭(高校)
- 5月 - 菜園の日(中学1年)、1学期中間考査
- 6月 - 磯実習(中学2年)、体育祭、生徒会役員選挙(中学)、生徒自治会役員選挙(高校;後期)、宗教週間[映画鑑賞・講演会]、学部・学科調べ(中学3年)
- 7月 - 1学期期末考査、サマーキャンプ(中学1年)、英語サマーキャンプ(中学2年)、修学旅行または短期海外研修[カナダ](高校2年) 、1学期終業式、東京キャリアキャンプ(中学3年)
- 2学期
- 8月 - クラブ合宿(高校)、2学期始業式、課題実力考査(中学)、実力考査(高校)、桃山「学」宿(高校)
- 9月 - 修学旅行(中学3年) 、思春期教室(中学2年)、国際コース短期留学出発(高校2年)
- 10月 - 2学期中間考査、芸術鑑賞(高校2年)
- 11月 - 生徒会役員選挙(中学)、生徒自治会役員選挙(高校;前期)、文化祭[注釈 18]、宗教週間[注釈 19]、芸術鑑賞、職業調べ・発表会(中学1年)
- 12月 - いのちの教育(中学;ミニ講座)、2学期期末考査、クリスマス礼拝、2学期終業式、プロヴィデンスデイ(高校;2学期実施)、アンデレカップ(高校)
- 3学期
部活動
アスリートクラスの開設に伴い、2007年度よりハンドボール・サッカー・バレーボール・バスケットボール・水泳の5つの運動部は強化指定クラブとなった。S英数・英数・国際・中高一貫各コースの男子生徒は、一定の学業成績を満たし、学業と両立できる者に限って、強化指定クラブへの入部が認められる[11]。
尚、S英数・英数・中高一貫各コースの生徒は、成績が一定を超えないと部活動は制限される。[注釈 20]
下記の他に、SBS(School By School、スクール・バイ・スクール)サークル[12]、ダンスサークルが存在する。
中学校
- 文化部
高等学校
- 運動部
- 2011年度の全国高校総体に出場[13]。
- 夏の地方大会(大阪大会)に第2回大会から連続参加しており、皆勤校である大阪府立市岡高等学校に次いで参加回数が多い。
- 文化部
施設・設備
施設
聖アンデレ館(A館)
2001年3月竣工の8階建て校舎。あびこ筋に面している。事務室、校長室、各職員室、特別教室、普通教室などがある中心的な校舎。高校1年生〜3年生が使用している。ただし高校1年生の普通教室の大半は後述の「フレデリック館(F館)」に位置している。
- 図書館
- 同館5階にある。蔵書数101000冊、年間購入冊数3300冊、年間貸出冊数15000冊を誇る、大阪府下の高校で有数の規模。蔵書検索用端末やインターネット閲覧用コンピューターも設置されている。
- 講堂(トリニティー・ホール)
- 同館8階にある。自習ステージや模擬試験、その他行事に使用される。
- 体育室
- 同館8階には体育室が設置されている。
聖マルコ館(M館)
2007年12月竣工の8階建てで中学校の校舎。聖アンデレ館と隣接し、3~7階では連絡している。聖アンデレ館と同じく8階には体育室が設置されている。
フレデリック館(F館)
1963年竣工の旧校舎。高校1年生(一部)の普通教室と特別教室、職員室などがある。また、2階には食堂(弁当屋)が設置されていた。(2024年度末をもって閉店) また、1階にはコンビニ自販機が設置されている。
記念体育館「ダビデ・ジム」
桃山学院創立125周年記念事業として2009年に竣工。メインアリーナ、サブアリーナ、トレーニングルーム、ランニングトラックを備える。トレーニングルームはペンチプレスやスクワットラッグを始めとした、充実のフリーウエイトエリアに加え、レッグプレス、レッグエクステンション、レッグカール、ラッドプルダウンなどのマシントレーニングも充実。トレーニングルームとランニングトラックは放課後教職員も利用する程大人気で、快適な環境が整っている。
第一体育館
旧体育館とも呼ばれ、武道場が設置されている。
カンタベリー館(C館)
1959年竣工。同窓会関係や「カンタベリー・ホール」と呼ばれるホールがある。2019年1月より2020年8月まで、桃山学院大学経営学部[注釈 21]ビジネスデザイン学科の校舎建設に伴い仮設食堂が設置された。
聖テモテ館(T館)
2020年8月竣工の9階建て複合施設。旧桃山学院聖アンデレ礼拝堂が改築された建造物であり、2階に学校法人事務室、4階以上は同大学ビジネスデザイン学部[注釈 21]ビジネスデザイン学科(経営学部)の校舎階である。聖アンデレ館と2・3階で接続する。
- 桃山学院聖アンデレ礼拝堂
- 改築の際、独立建造物から同館1階に収容された。1884年創立以来の礼拝活動場所であり、また、日本聖公会大阪教区大阪聖アンデレ教会として一般にも開放されている。
- 同館2階にある。
- 中高食堂
- 同館3階にある。
- 聖アンデレ館3階と連絡している。
現存しない建造物
旧桃山学院聖アンデレ礼拝堂
1912年に桃山中学校(旧制)内に移転新築され、1964年に改築。2016年に大阪市都市景観資源に登録される等優れた建築物として近隣住民に親しまれていただけでなく、スクールアイデンティティの象徴となっていたことから、礼拝堂は今後も桃山学院により大切に保存されるものと考えられていた。大阪市都市景観委員会からも「大きな三角屋根の礼拝堂が特色ある景観を作りだしており、美観性や地域性を有していることから都市景観資源として適切である」と、ビルではない外観が高く評価されていた。しかし、近隣住民や大阪市の期待とは裏腹に、2018年11月23日、桃山学院大学経営学部ビジネスデザイン学科を収容する新棟(聖テモテ館)建設に伴って解体されることが公表され、2019年4月には解体された。大阪市都市景観資源として初の登録抹消事案となったことは、今のところ誰にも知られていない。
新食堂棟(スプリング・ホール)
2002年に完成。1階は購買部とラウンジ、2階は食堂(スプリング・ホール)となっており、また、2階で聖アンデレ館と記念体育館に連絡していた。2019年4月には、新棟(聖テモテ館)建設に伴って解体された。
設備
AED
登下校管理システム
聖アンデレ館・聖マルコ館の1階にICカードリーダーが設置されており、生徒がICカードをタッチすることにより登下校時間が保護者に電子メールで通知される。
中高関係者と組織
中高関係者組織
中高関係者一覧
著名な出身者[注釈 22]
- 政治(立法・行政)
- 東徹 - 参議院議員、元大阪府議会議員
- 石田博英 - 元運輸大臣、労働大臣、内閣官房長官
- 眞銅竜日郎 - 外交官、元日本貿易振興機構理事、駐ウルグアイ特命全権大使
- 畑中政昭 - 高石市長
- 堀口武視 - 泉南市議会議員
- 松原喜之次 - 元社会党衆議院議員、(歌手松原みきの祖父)
- メディア
- 経済・実業
- 齋藤憲三 - TDK創業者、元衆議院議員、科学技術庁長官
- 澤田道隆 - 花王会長、同社元代表取締役社長、日本化学工業協会理事
- 杉野公彦 - ラウンドワン代表取締役社長
- 田辺治太郎 - 田辺製薬元代表取締役会長、日本サッカー殿堂入り
- 藤原洋 - ブロードバンドタワー代表取締役CEO、科学技術をベースとしたベンチャー起業の第一人者
- 森治樹 - 資生堂代表取締役社長(第5代)
- 安田佳生 - ワイキューブ代表取締役社長(オレゴン州立大学卒、『千円札は拾うな』著者)
- 山田義仁 - オムロン取締役会長、同社元代表取締役社長
- 吉田皓一 - 実業家、株式会社ジーリーメディアグループ代表取締役社長
- 渡邊直人 - 王将フードサービス代表取締役社長
- 学術
- 赤楚治之 - 名古屋学院大学学長(俳優赤楚衛二の父)
- 有元史郎 - 芝浦工業大学創設者
- 生田長江 - 社会思想家、文芸評論家(機関紙『青鞜』の命名者、ニーチェ作品を初めて日本語訳)
- 伊藤進 - 明治大学名誉教授(元司法試験選考委員)
- 梅原出 - 横浜国立大学学長(第16代)、国立大学協会副会長
- 沖浦和光 - 桃山学院大学元学長、名誉教授
- 岡本理一 - 旭川大学元学長
- 熊谷明泰 - 関西大学名誉教授
- 滝川政次郎 - 國學院大學名誉教授、極東国際軍事裁判の嶋田繁太郎弁護人
- 竹友藻風 - 英文学者、元大阪大学教授
- 田中隆治 - 星薬科大学学長、サントリー顧問、元サントリー基礎研究所長(「青いバラ」の開発チームリーダー)
- 筒井嘉隆 - 動物学者、芦屋大学名誉教授、元天王寺動物園園長(作家筒井康隆の父)
- 時子山常三郎 - 早稲田大学総長(第9代)
- 中野雅至 - 神戸学院大学教授、行政学、TVコメンテーター
- 三木理史 - 奈良大学教授、地理学
- 文芸・芸術
- 舞台芸術・芸能
- 池畑慎之介(ピーター)- 俳優(中退)
- 岩尾望 - お笑い芸人(フットボールアワー)
- 二代目市川齊入(三代目市川右之助)- 歌舞伎役者
- 梶光夫 - 宝飾デザイナー、元歌手
- 門脇慎剛 - 俳優
- 小谷豪純 - 俳優・ボーカリスト
- 小林大作 - タレント、ラジオパーソナリティ
- 桜井雅斗 - 吉本新喜劇芸人
- 立原啓裕 - DJ、タレント(元劇団四季)
- 月亭文都 - 落語家
- TENN - 歌手(ET-KING)
- 二代目中村霞仙 - 歌舞伎役者
- 西田新 - DJ、ラジオパーソナリティ
- 十六代目福王茂十郎 - 能楽師
- 堀内孝雄 - 歌手
- やしきたかじん - 歌手、タレント
- 吉田サラダ - お笑い芸人(ものいい)
- スポーツ
