桑田駿介
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高校時代
全国高校駅伝には3年連続で4区を走った。2年時は、佐藤悠基に次ぐ4区日本選手区間歴代2位となる22分48秒を記録し[1]、4年ぶり3回目の優勝に貢献した[2]。また、3年時は前年の記録には及ばなかったものの2年連続で区間賞を獲得した。
大学時代
大学1年次
第103回関東インカレでは駒澤大学チームが苦戦する中、5000m(2部)で5位に入賞した[3]。
第36回出雲駅伝では1区を担当。7km付近で先頭集団から遅れ、区間6位で襷を繋いだ。
第56回全日本大学駅伝では2区を走ったが区間17位に沈み、先頭との差を2分23秒まで広げられてしまう結果となった[4]。駒澤大は終盤の長距離区間で追い上げたが、優勝には28秒届かず2位でフィニッシュした[5]。レース後には、キャプテンの篠原倖太朗が区間賞トロフィーを渡して励ます場面もあった[6]。
2025年1月の第101回箱根駅伝では4区を担当。1年生では過去最速(当時)の記録で区間4位だった[7]。
大学2年次
第37回出雲駅伝では3区を任される。一度は先頭を走る早稲田大学の鈴木琉胤に追いついたが、西代橋から失速し7位まで後退した(区間9位)[8]。翌月の第57回全日本大学駅伝ではチームは優勝を果たしたものの[9]、メンバーからは外れた。
11月の上尾シティハーフマラソンでは、終始先頭を引っ張り続けた上で青木瑠郁に次ぐ2位に入った[10]。
2026年1月の第102回箱根駅伝では主力選手の故障が相次ぎ[11][注 1]、2区を任されることになった。ヴィクター・キムタイ(城西大学)と山口智規(早稲田大学)には抜かれたものの、関東学生連合を含めて4人を抜き、順位を5位から4位に上げて襷を繋いだ[12]。
3月のニューヨークシティハーフマラソンでは日本歴代6位となる1時間00分13秒をマークした[13]。
人物・エピソード
戦績・記録
自己ベスト
- 5000m - 13分39秒47(2024年9月29日:第11回NITTAIDAI Challenge Games)
- 10000m - 28分12秒02(2024年12月1日:第318回日本体育大学長距離競技会)
- ハーフマラソン - 1時間00分13秒(2026年3月15日:ニューヨークシティハーフマラソン)