河野俊嗣
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| 河野 俊嗣 こうの しゅんじ | |
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内閣府地方創生推進室より公表された肖像 | |
| 生年月日 | 1964年9月8日(61歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 |
東京大学法学部 ハーバード・ロー・スクール |
| 前職 | 国家公務員(自治省・総務省)、宮崎県副知事 |
| 所属政党 | 無所属 |
| 公式サイト | 河野俊嗣(しゅんじ)/新しい宮崎へ |
| 当選回数 | 4回 |
| 在任期間 | 2011年1月21日 - 現職 |
河野 俊嗣(こうの しゅんじ、1964年〈昭和39年〉9月8日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。無所属[1]。2007年2月から2010年10月まで宮崎県副知事を務め、2011年から同県知事(公選第18・19・20・21代)。

広島県呉市出身。広島大学附属高等学校、東京大学法学部(ゼミは憲法学、国際法[2])卒業後、1988年自治省(現:総務省)入省。宮城県庁勤務、ハーバード大学ロースクール法学修士(人事院長期在外研修として米国留学)、愛知県春日井市企画調整部長、国土庁出向、埼玉県まちづくり支援課長、同財政課長。総務省自治財政局地方債課理事官、税務企画官などを歴任[3]。
2005年4月、宮崎県庁に出向し総務部長に就任。2007年2月、東国原英夫宮崎県知事の下で副知事に就任。2010年9月に東国原が再選不出馬を表明したのを受け、同年10月13日に県知事選出馬を表明し、同日付で副知事を退職[4]。12月26日投開票の知事選で初当選し、2011年1月21日に就任した[5]。2014年12月21日投開票の知事選挙で元衆議院議員の川村秀三郎らを破り、再選[6]、2018年12月23日投開票の知事選挙で日本共産党が推薦する松本隆を破り、3選。2022年12月25日投開票の知事選挙で東国原とスーパークレイジー君を破り、4選された。