浄慈寺

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座標 北緯30度13分46秒 東経120度08分56秒 / 北緯30.2295度 東経120.1490度 / 30.2295; 120.1490座標: 北緯30度13分46秒 東経120度08分56秒 / 北緯30.2295度 東経120.1490度 / 30.2295; 120.1490
宗派 禅宗
浄慈寺
浄慈寺
浄慈寺の位置(中華人民共和国内)
浄慈寺
中華人民共和国における位置
基本情報
所在地 中華人民共和国の旗 中国浙江省杭州市西湖区
座標 北緯30度13分46秒 東経120度08分56秒 / 北緯30.2295度 東経120.1490度 / 30.2295; 120.1490座標: 北緯30度13分46秒 東経120度08分56秒 / 北緯30.2295度 東経120.1490度 / 30.2295; 120.1490
宗教 仏教
宗派 禅宗
建設
様式 中国建築
創設者 忠懿王銭弘俶
創設 954年
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浄慈寺
大雄宝殿
各種表記
繁体字 淨慈寺
簡体字 浄慈寺
拼音 Jìngcí Sì
発音: ジンツースー
日本語読み: じょうじじ、じんずじ
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浄慈寺(じょうじじ、じんずじ)は、浄慈報恩孝禅寺ともいい、中華人民共和国浙江省杭州市西湖区西湖湖畔の南屏山にある仏教寺院である。1983年に漢族地区仏教全国重点寺院のひとつに指定された。

鎌倉仏教と深い関係があり、とくに日本の曹洞宗の開祖である道元の師である天童如浄はこの寺の住持をつとめていた。

浄慈寺ははじめ「慧日永明寺」という名前で、五代十国時代顕徳元年(954年)、呉越国の忠懿王銭弘俶により建てられた。開祖は永明道潜であり、建隆2年(961年)から永明延寿禅師がその後を継いだ[1]北宋時に「寿寧禅院」、南宋では「浄慈報恩孝禅寺」に名前を改めた。略称して浄慈寺・浄慈禅寺と呼ぶ。禅宗五山のひとつに列せられている。以降、しばしば破壊と再建をくりかえした[2]

特徴

ギャラリー

脚注

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