九華山
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漢代には陵陽山と呼ばれ、南北朝時代の南朝梁と陳の時代には九子山と呼ばれた。唐代の詩人李白が天宝8年(749年)頃に訪れ、「妙有分二気、霊山開九華」と詠んだと伝わる。新羅の金喬覚和尚(金和尚、金地蔵、僧名を地蔵、696年 - 794年)がこの地の化城寺で修行中、齢99で入滅した際、3年経って棺を開いて塔に奉安しようとしたところ、その顔貌が生前と全く変わることがなかったことなどから、地蔵菩薩とこの僧を同一視する信仰が生まれ、地蔵王菩薩(仏教の地蔵菩薩が、仏教道教混淆の十王思想と結びつき、閻魔王と一体として死者を裁くとされる)の聖地となった。明代や清代には興隆を誇り、360山以上の寺院に4,000 - 5,000名の僧侶がいた。現在では104つの寺院が現存している。
九華街
有名どころで言えば、化城寺や小天台、大天台(離れて違う寺、大天台が山頂にある)、百歳宮、厳海慧寺などになる。中心部は九華街であり、山頂にバスで向かうと、そこが九華街となる。九華街には化城寺、海会寺、大覚寺などがある。九華街から山頂の天台寺まで歩けば、かなりかかる(4.5時間)が、バスで途中まで行き、そこからロープウェイで行けば1時間強で到着する[要出典]。
