添田町
福岡県田川郡の町
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添田町(そえだまち)は、福岡県の東南端に位置する町[1]。田川郡に属しており、その最南端に位置する自治体である[1]。
| そえだまち 添田町 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
|
英彦山神宮の銅鳥居 | |||||
| |||||
| 国 |
| ||||
| 地方 | 九州地方 | ||||
| 都道府県 | 福岡県 | ||||
| 郡 | 田川郡 | ||||
| 市町村コード | 40602-3 | ||||
| 法人番号 | 5000020406023 | ||||
| 面積 |
132.20km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 |
7,432人 [編集] (推計人口、2026年7月1日) | ||||
| 人口密度 | 56.2人/km2 | ||||
| 隣接自治体 |
嘉麻市、田川郡大任町、川崎町、赤村、朝倉郡東峰村、京都郡みやこ町 大分県:中津市、日田市 | ||||
| 町の木 | 樫 | ||||
| 町の花 | シャクナゲ | ||||
| 添田町役場 | |||||
| 町長 | 寺西明男 | ||||
| 所在地 |
〒824-0691 福岡県田川郡添田町大字添田2151番地 北緯33度34分19秒 東経130度51分14秒 ![]() | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
地理
筑豊地方の南東部、田川郡南部に位置し、英彦山などの山々の連なる筑紫山地で大分県と隣接する。なお、大分県との行政界は境界未確定となっている[1]。
英彦山を源流として町の中央を流れる彦山川、町の東側を流れる今川と、町の西南端の町境を源流として西側を流れる中元寺川がある[1]。1971年(昭和46年)に今川の上流部に油木ダム、1975年(昭和50年)に中元寺川の上流部に陣屋ダムが完成した[1]。
気候
添田駅周辺の平野部と英彦山山頂との間には1,100m以上の標高差があり気象条件に大きな差がみられる[1]。過去最低気温は2021年1月9日に観測された-7.5℃である。
| 添田(田川郡添田町大字野田字大野ノ原、標高92m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 20.4 (68.7) |
23.7 (74.7) |
26.8 (80.2) |
29.9 (85.8) |
32.6 (90.7) |
35.9 (96.6) |
37.4 (99.3) |
37.8 (100) |
36.8 (98.2) |
33.2 (91.8) |
26.5 (79.7) |
23.6 (74.5) |
37.8 (100) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 9.0 (48.2) |
10.5 (50.9) |
14.2 (57.6) |
19.8 (67.6) |
24.7 (76.5) |
27.1 (80.8) |
31.0 (87.8) |
32.0 (89.6) |
28.0 (82.4) |
22.8 (73) |
17.0 (62.6) |
11.4 (52.5) |
20.6 (69.1) |
| 日平均気温 °C (°F) | 4.7 (40.5) |
5.6 (42.1) |
8.8 (47.8) |
13.8 (56.8) |
18.5 (65.3) |
22.0 (71.6) |
25.9 (78.6) |
26.5 (79.7) |
22.6 (72.7) |
17.2 (63) |
11.8 (53.2) |
6.7 (44.1) |
15.3 (59.5) |
| 平均最低気温 °C (°F) | 0.9 (33.6) |
1.2 (34.2) |
4.0 (39.2) |
8.4 (47.1) |
13.1 (55.6) |
17.9 (64.2) |
22.2 (72) |
22.5 (72.5) |
18.7 (65.7) |
12.8 (55) |
7.5 (45.5) |
2.7 (36.9) |
11.0 (51.8) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −7.5 (18.5) |
−6.6 (20.1) |
−5.8 (21.6) |
−0.8 (30.6) |
4.1 (39.4) |
7.7 (45.9) |
12.6 (54.7) |
14.6 (58.3) |
7.2 (45) |
2.2 (36) |
−0.6 (30.9) |
−4.6 (23.7) |
−7.5 (18.5) |
| 降水量 mm (inch) | 79.7 (3.138) |
84.8 (3.339) |
129.1 (5.083) |
142.6 (5.614) |
159.8 (6.291) |
327.2 (12.882) |
364.4 (14.346) |
213.8 (8.417) |
204.0 (8.031) |
100.1 (3.941) |
92.8 (3.654) |
74.7 (2.941) |
1,970.5 (77.579) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 11.0 | 10.4 | 11.3 | 10.7 | 9.8 | 13.4 | 13.6 | 10.9 | 10.7 | 7.7 | 9.1 | 10.0 | 128.2 |
| 平均月間日照時間 | 104.5 | 117.0 | 154.6 | 189.3 | 201.4 | 134.2 | 165.3 | 194.3 | 148.9 | 169.6 | 135.8 | 111.0 | 1,825.9 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)[2][3] | |||||||||||||
| 英彦山(田川郡添田町大字英彦山、標高823m)の気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 降水量 mm (inch) | 99.7 (3.925) |
116.8 (4.598) |
177.4 (6.984) |
196.8 (7.748) |
229.6 (9.039) |
439.8 (17.315) |
476.3 (18.752) |
288.4 (11.354) |
249.8 (9.835) |
134.8 (5.307) |
115.4 (4.543) |
92.6 (3.646) |
2,617.2 (103.039) |
| 平均降水日数 (≥1.0 mm) | 12.2 | 11.8 | 12.7 | 11.8 | 11.1 | 14.4 | 15.1 | 12.2 | 11.9 | 8.8 | 10.2 | 11.4 | 143.7 |
| 出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年)[4] | |||||||||||||
隣接する市町村
- 福岡県
歴史
添田町では縄文時代より定住生活が始まったと考えられており、特に大字津野地区に位置する縄文後期の遺跡(後遺跡)からは、新潟県糸魚川より遠路遥々運ばれたと見られる大型の硬玉製翡翠大珠が発見されている。[5]
かつては筑豊炭田の炭鉱が存在。 中でも町内の峰地炭鉱は、1918年(大正8年)当時、日産600トン、価格約1万円の生産量を誇る優良鉱であったが、この年、福岡県一帯に広がった米騒動(1918年米騒動)の起点の一つとなった。同年8月16日、武装した坑内作業員は炭鉱の事務所や配給所を破壊、派遣要請を受けた歩兵第47連隊と対峙しつつ町内に流れ込み、派出所や米穀店、雑貨店などを襲撃するなどして地域が大混乱となった[6][7]。
栄華を誇った炭鉱群も第二次世界大戦後のエネルギー革命による石炭需要の激減により全て閉山している。1960年代には25000人ほどいた人口は半減し、2006年現在、11000人ほどとなっている。
近現代
- 1887年 (明治20年)添田町村、添田村、伊原村が合併し、添伊田村となる。
- 1889年 (明治22年)4月1日 町村制施行により、添伊田村、庄村、野田村が合併、添田村として発足。
- 1907年 (明治40年)1月1日 田川郡中元寺村を編入。
- 1911年 (明治44年)4月1日 町制施行。
- 1942年 (昭和17年)2月11日 田川郡彦山村を編入。
- 1955年 (昭和30年) 1月1日 田川郡津野村と対等合併し、新町制による添田町が発足。
- 2017年(平成29年)6月12日、熊谷真実がそえだまち観光大使に就任[8]。
- 2017年(平成29年) 7月5日、九州北部を襲った記録的な集中豪雨で大きな被害を受け(平成29年7月九州北部豪雨)[9]、JR日田彦山線の添田駅から夜明駅が不通となる。
- 2023年 (令和5年) 8月28日、日田彦山線BRT(愛称「BRTひこぼしライン」)が開業する。
歴代町長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 初 | 綾部正蔵 | 1910年4月 | 1914年5月 | |
| 2-4 | 岩﨑髙蔵 | 1912年12月 | 1923年9月 | |
| 5 | 宮﨑松次郎 | 1924年6月 | 1928年6月 | |
| 6-7 | 久良知敏 | 1928年10月 | 1932年9月 | |
| 8 | 水上友吉郎 | 1932年11月 | 1936年11月 | |
| 9-10 | 大石彦太郎 | 1936年11月 | 1942年5月 | |
| 11 | 水上友吉郎 | 1942年6月 | 1946年6月 | |
| 12-15 | 伊藤保司 | 1946年8月 | 1959年1月 | 以後、公選 |
| 16-17 | 中富鐵之助 | 1959年2月1日 | 1967年1月31日 | |
| 18 | 戸渡義章 | 1967年2月1日 | 1971年1月31日 | |
| 19-28 | 山本文男 | 1971年2月1日 | 2010年7月20日 | 辞職 |
| 29-32 | 寺西明男 | 2010年8月22日 | 現職 |
※歴代町長[10]
- 山本文男町政
前町長の山本文男は1971年に就任して以来、10期40年近く町長を務めた。2007年1月16日に告示された町長選挙では山本以外に立候補者が無く10期目の当選を果たし、本来ならば2011年初頭まで町長職を務める勘定となっていた。また、全国町村会の会長を1999年から2010年3月まで10年余り務め、当時全国知事会会長を務める麻生渡(当時福岡県知事)と協調して地方の声を政府に伝える役割を担っていた。
しかし、2009年に福岡県町村会汚職事件が明らかになると、事件に絡み辞任した当時の中島孝之副知事に、後期高齢者医療制度発足に際し、町村会に有利な取り計らいをしたお礼に賄賂を贈ったとして前副知事とともに2010年2月2日夜福岡県警察に逮捕され[11]、起訴後の2月下旬に保釈。その後、解職に必要な署名が集まったとして住民団体によりリコール請求がなされ、一旦は2010年8月22日までに住民投票が行われることとなったが、同年7月5日に辞職届を提出し、同20日の臨時町議会で辞職が承認されたため住民投票は中止となった[12]。このため、町選挙管理委員会は8月22日に出直し町長選挙を行うこととし、現職の山本は改めて立候補したが落選、新人の寺西明男が当選した。これにより約40年続いた山本文男町長による町政に終止符が打たれることになった。[13]。
行政
姉妹都市・提携都市
地域
人口
| 添田町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 添田町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 添田町
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
添田町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 総務省統計局 国勢調査より | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
教育
小・中学校
- 添田町立添田中学校
- 添田町立添田小学校
中学校は2010年度より英彦・津野中学校を統合し添田中学校1校となった。また小学校は2002年度より英彦山小学校を落合小学校に統合したのち、2025年度より添田・中元寺・落合・真木・津野小学校(2022年度より休校)を新設の添田小学校へ統合。同年度より小学校・中学校を同一地に新築・移転した。
その他
- 高等学校は町内にはない。かつては福岡県立田川商業高等学校があったが2005年3月に閉校し、田川農林高等学校、田川工業高等学校と共に新設の福岡県立田川科学技術高等学校(田川市)へ統合された。
- 大学のキャンパスは町内にはないが、九州大学農学部付属英彦山生物学実験所がある。
地名
- 落合
- 荻野
- 貝吹峠
- 鍛冶屋
- 上落合一
- 上落合二
- 駒啼
- 猿掛
- 下落合
- 下田
- 仙道
- 田代
- 中河内
- 長谷
- 彦山
- 深倉
- 深倉峡
- 深倉谷
- 別所河内
- 松尾
- 緑川
- 屋形原
- 薬師
- 柳原
- 吉木
- 庄
- 岩瀬
- 桜橋
- 庄上
- 庄中
- 庄西
- 庄東
- 新城
- 高見ヶ丘
- 富山町
- 豊川
- 真木
- 真木団地
- 添田
- 朝日ケ丘
- 伊原
- 上添田
- 祇園
- 添田中
- 添田西
- 添田東
- 豊川
- 錦町
- 畑
- 町一
- 町二
- 町三
- 町四
- 峰地
- 峰地団地
- 夕陽ケ丘
- 中元寺
- 大藪
- 奥ノ迫
- 上中元寺
- 木浦
- 旧三崎
- 猿渡
- 下中元寺
- 陣屋
- 橋本
- 不動
- 津野
- 油木
- 荒堀
- 後
- 内山
- 大峰
- 奥山
- 柿山
- 上津野
- 迫田
- 下井
- 下津野
- 次郎丸
- 神田
- 惣仏
- 大宮司
- 鳥原
- 道角
- 中津野
- 東扇鶴
- 丸渕
- 宮元
- 牟田
- 山口
- 野田
- 上ノ平
- 久木
- 見地
- 下台
- 野田
- 灰田
- 広畑
- 法光寺
- 本村
- 山ノ平
- 英彦山
- 唐ケ谷
- 北坂本
- 英彦山
- 南坂本
- 桝田
- 一ノ宮
- 黒崎
- 桝田
経済
交通
鉄道路線

国鉄は1942年(昭和17年)に西添田駅と添田駅を結び、さらに南に延伸していき1956年(昭和31年)に釈迦岳トンネルが開通して日田線として全通[14]。添田町の陳情で1960年(昭和35年)4月に「日田彦山線」となった[14]。
一方、1960年4月には旧国鉄添田線を分離[14]。昭和54年度に営業係数(収入額100円に対する支出額)ワースト1となり、「日本一の赤字ローカル線」として知られた。その後、同線は廃止前に営業係数最大の座を美幸線に譲ったが、これが縁となって添田町は美幸線が通っていた北海道の美深町と姉妹提携を結んだ。添田線は1985年(昭和60年)3月31日に廃止された[14]。
- 中心駅は添田駅。
路線バス
日田彦山線BRT
2017年に九州北部豪雨で被災した日田彦山線添田駅 - 夜明駅間の復旧として2023年8月28日開業。JR九州が事業主体となっているが、実際の運行はJR九州バスに委託している。また一部の運行業務は日田バスに再委託されている。
※添田町内の駅のみ、町内全駅記載
添田町バス
かつて町内各地で運行されていた西鉄バスの代替として町が運行。現在は添田町中心部と川崎町・田川市を結ぶ「川崎・田川コース」、添田町中心部を運行する「まちなかコース」、彦山駅と彦山地域の集落や観光地を結ぶ「ひこさんコース」の3路線となっている。運行開始当初は町内各地に路線があったが、現在では多くが登録制・予約制のデマンド型乗合タクシー「まちいこカー」に代替された。
- 川崎・田川コース
- 西鉄後藤寺営業所 - 後藤寺 - 池尻 - 川崎町役場口 - 真木 - 添田町役場口 - 添田駅 - 伊原 - 添田町役場
- ひこさんコース
- 彦山駅 - 銅の鳥居 - 神宮下 - 豊前坊
- まちなかコース
- 添田駅 - 役場 - 伊原 - 旧伊原駅
なお、かつては添田町内に西鉄バスの営業所があり、添田町内路線や添田町と近隣各地を結ぶ路線があったが、2025年9月30日限りで後藤寺 - 川崎 - 添田間の路線が廃止されたのを最後に添田町から西鉄バス路線が消滅した。
道路
高速道路
町内には通っていない。最寄りとなるインターチェンジは以下の通り。
- E3 九州自動車道
- (3) 小倉南インターチェンジ(29km)
- (4) 八幡インターチェンジ(28km)
- E10 東九州自動車道
- (2) 行橋インターチェンジ(25km)
- (2-1) 今川スマートインターチェンジ(23km)
- (3) みやこ豊津インターチェンジ(25km)
- E34 大分自動車道
- (4) 杷木インターチェンジ(32km)
- (5) 日田インターチェンジ(40km)


