熊野市駅
三重県熊野市井戸町にある東海旅客鉄道の駅
From Wikipedia, the free encyclopedia
歴史
1940年8月、鉄道省紀勢西線(現・紀勢本線)新宮駅 - 当駅間延伸時に終着駅として開設した。当時は現在の熊野市はまだ誕生しておらず、木本町の代表駅と言う位置付けであった。
それから10年以上、和歌山方面からの終着駅の役目を担っていたが、1956年4月には紀勢西線当駅 - 新鹿駅間延伸に伴い、途中駅となった。その後、1959年に紀勢西線と紀勢東線が接続し亀山駅 - 和歌山駅(現・紀和駅)間が紀勢本線となり、同線の駅となった。更に国鉄分割民営化を経て現在に至っている。
年表
- 1940年(昭和15年)8月8日:鉄道省紀勢西線(現・紀勢本線)の紀伊木本駅(きいきのもとえき・終着駅)として開設[2][3]。
- 1956年(昭和31年)4月1日:紀勢西線当駅 - 新鹿駅間延伸[2]、途中駅となる。
- 1959年(昭和34年)7月15日:線路名称改定。紀勢西線が紀勢本線へ編入、同線の駅となる[2]。同時に熊野市駅(くまのしえき)に改称[3]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:貨物取扱廃止[3]。
- 1985年(昭和60年)3月14日:荷物扱い廃止[3]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR東海の駅となる[2][3]。
- 1990年(平成2年)3月:駅舎改築。
- 2027年(令和9年、予定)
- 春:特急「南紀」利用時にICカード「TOICA」のサービスを開始[4]。
- 3月:当駅にお客様サポートサービスおよびサポートつき指定席券売機を導入[5]の上、無人化[6]。
駅名について
1959年(昭和34年)の改称に当たっては「熊野市駅」にするか「熊野駅」にするかが国鉄や地元で問題となった。このうち、「熊野駅」では広大な熊野地域の観光中心地の印象を与えるし、熊野地域は隣接する和歌山県にも多くかかっており、三重県内である熊野市はその一部分で地域の中心ではない、という国鉄側の意見で「熊野市駅」とすることとなった[7]。
なお、公式なローマ字表記は「Kumanoshi Station」であるが、国道42号の案内では「Kumano City Station」と表記されている。
駅構造
単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、計2面3線を有する列車交換・折返し可能な地上駅。駅舎は単式ホーム(1番のりば)側にあり、両ホームは跨線橋で連絡している。
大きな三角屋根が特徴な木造駅舎を備える。駅前にはロータリーが整備され、バスやタクシーが乗入れる等、周辺の駅の中では規模が大きい。
終日有人駅(一部時間帯を除く)で、JR全線きっぷうりばや自動券売機[注釈 1]が設置されている(自動改札機は未設置)。駅長が配置された直営駅で、管理駅として二木島駅 - 鵜殿駅間の各駅を管理している。
のりば
(出典:JR東海:駅構内図)
- 特急列車・普通列車共に、主に下りは1番線、上りは2番線を使用する。尾鷲駅と異なり、駅舎に面した1番線に大半の列車を発着させる設備にはなっていない。
- 夜間留置設定が多い。
- 熊野大花火大会開催時には、当駅発着を含め、多数の臨時列車が運転される。
- 特急「南紀」が4往復運行されていて(新宮駅まで約20分、津駅まで約2時間5分、名古屋駅まで約3時間5分)、名古屋駅で東海道新幹線(東京駅方面・新大阪駅方面)と接続する[8]。
- 駅全景(2016年4月)
- 改札口(2023年7月)
- ホーム(2023年7月)
利用状況
駅周辺
バス路線
一般路線バス
コミュニティバス・公営バス
- 清流・那智黒石の里線 - 尾川 / 新町
- 飛鳥・五郷線 - 桃崎・湯の谷 / 三交南紀
- 潮風かほる熊野古道線 - 二木島駅 / 三交南紀
- おくとろ公園(道の駅おくとろ)/ 小松
中・長距離バス
いずれも三重交通による運行である。
