牛尾治朗

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死没 (2023-06-13) 2023年6月13日(92歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学法学部卒業
うしお じろう
牛尾 治朗
生誕 (1931-02-12) 1931年2月12日
日本の旗 日本 兵庫県姫路市
死没 (2023-06-13) 2023年6月13日(92歳没)
国籍 日本の旗 日本
出身校 東京大学法学部卒業
職業 ウシオ電機名誉相談役
子供 牛尾志朗
牛尾健治
親戚 牛尾梅吉祖父
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牛尾 治朗(うしお じろう、1931年2月12日[1] - 2023年6月13日)は、日本実業家ウシオ電機株式会社の設立者である[1]。同社 名誉相談役、取締役相談役、経済同友会特別顧問(終身幹事)[1]、公益財団法人日本生産性本部会長(2003年から2014年)[2]名誉会長(2014年から2020年)[2]などを務めた。[3]

平成8年度第22回経済界大賞受賞[1]。平成10年財界大賞受賞[1]

兵庫県姫路市に牛尾家2代目牛尾健治・美津子の次男として生まれる。

祖父・牛尾梅吉姫路商工会議所の2代目会頭を務め、播磨の振興に尽力した[4]。父・健治は、姫路銀行頭取を務める傍ら中国合同電気→山陽配電(現在は分割されて関西電力中国電力)を中心に電力・電機事業を手がけた。現在のウシオ電機も、前身は中国合同電気の電球製造部門が独立した姫路電球であり、同社から産業用特殊光源の製造部門が独立したのが現在のウシオ電機に至っている。

旧制兵庫県立第三神戸中学校旧制第三高等学校を経て[5]1953年東京大学法学部政治学科を卒業し東京銀行に入行[1]カリフォルニア大学バークレー校大学院留学後に家業を受け継ぎ、1964年ウシオ電機を設立。28歳で経済同友会に入会し、中堅企業の経営者ながら早くから財界人として意欲的に発言してきた。1969年1月には日本青年会議所会頭に就任し(同年12月まで在任)、「財界老害」を批判した。「21世紀は市場経済の時代。民間が自立した社会にする必要がある」として規制緩和株主尊重の路線を打ち出した。

1995年4月に経済同友会代表幹事に就任、1999年4月からは特別顧問(終身幹事)に就いている。1996年2月には日本ベンチャーキャピタル株式会社を設立し、取締役会長に就任(2002年6月に名誉会長に退く)。2001年には経済財政諮問会議議員、日本郵政・社外取締役に就任。また、旧・第二電電ケイディディ(KDD)・日本移動通信(IDO)と合併して出来た旧・ディーディーアイ(現・KDDI)が成立する前後に会長を務めている。

政治

1975年東京都知事選挙では石原慎太郎の参謀四人衆の一人(他は浅利慶太塩路一郎飯島清)として選挙運動を指揮した[6]

1979年東京都知事選挙で牛尾は新自由クラブから東京都知事候補に推され、首相自由民主党総裁大平正芳からも打診があった[7]が、結局自民党は公明党の推す鈴木俊一の推薦を決めたため出馬しなかった[8][9]

1985年首相中曽根康弘の意向により民間人特別委員10人の1人として政府税制調査会に入った[10][11]

牛尾は安倍晋太郎と親交があり、安倍の後援会のひとつ『総晋会』の会長を務めた[12]第1次安倍内閣では、閣議決定で開塾された沖縄新世代経営者塾堺屋太一などとともに顧問という肩書きで就任し、若手経営者の指導にあたった。

民間人だが、閣僚人事について安倍晋三の相談を受けるなど、政治への影響力も強い[要出典]。官僚人事についても、安倍に今井尚哉の登用を勧めたとされる[13]

年譜

その他役職

人物

趣味はゴルフ[1]。好物は麺類、幅広麺を好む。

家族・親族

牛尾家(兵庫県姫路市西紺屋町・同市北条口、同県神戸市須磨区垂水町舞子[17][18][19]

牛尾家は代々姫路駅近辺の大地主だった[20]。兄にウシオ工業社長の牛尾吉朗がいる[1]。牛尾の長女・幸子と安倍晋太郎の長男・寛信は夫婦である[21]。長男・志朗の妻は牛尾奈緒美(旧姓中村)。

  • 祖父・梅吉(兵庫県平民、牛尾合資会社代表社員、仲介業、資産家・兵庫県多額納税者)[19][22]
1864年元治元年)生 - 1934年昭和9年)没
  • 祖母・きぬゑ(兵庫・望月有寧の三女)[22]
1875年明治8年)生 - 没
1898年(明治31年)生 - 1958年昭和33年)没
  • 母・みつ(或いは美津子、兵庫・中村彌之祐の養妹)[17][22]
1902年(明治35年)生 - 没
1929年(昭和4年)生 -
1933年(昭和8年)生 -
1958年(昭和33年)生 -
1961年(昭和36年)生 -
1959年(昭和34年)生 -
1952年(昭和27年)生 -
1991年(平成3年)生 -

系譜

関連項目

脚註

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