東京大学理科三類
東京大学教養学部前期課程の科類
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概要
難易度
沿革
新制大学としての東京大学医学部の設置は1951年度からとなったが、これはいわゆる医学進学課程をもたない専門学部のみの医科大学(医学部)であった。そして、1951年度より新制東京大学の入学試験は教養学部各科類の他に医学部の入学試験も併せて行われた(1951年度の入学者104名の内訳は、東大教養学部64名、他大学教養部8名、旧制高校32名。なお、志願者は688名であり、内訳は、東大教養学部183名、他大学教養部176名、旧制高校306名、他大学旧制予科23名。)。これはあくまで入学試験であり、医学部進学希望者を含む理科二類からの入学希望者も平等に入学選抜試験を受けなければならない所謂医学部のみの公募であった。そのため、理科二類から医学部入学を希望して果たせなかった者は、他の学部へ進路を転換するか、次年度に望みを託して浪人することになり、新たな進学問題を内に孕んでいたといえる。この医学部の公募制は1962年度に理科三類が教養学部に設けられるまで続いた[8]。
1958年5月に東京大学に設置された大学制度審議会の第三回会合において、教養学部のあり方に関し、専門諸学部から見解が開陳された。そこで掲示された問題点の多くは進学振分けに際して不利益を被っている学部から出されている。医学部に関する指摘を抜粋すると、
- 「理科二類では医学部入学のための腰かけ在籍者が多く、学科によっては定員われを生じている。」(農学部)
- 「公募制に二重手間など若干支障あり」(医学部)
という指摘がなされた。その後、検討が加えられ、最終的に1961年4月28日の専門委員会において「東京大学教養学部の科類別および募集人員について」が採択された。これは5月2日の学部長会議で一部修正されて、5月9日正式発表となった。ここにおいて、
「(一)東京大学教養学部の科類別については、東京大学制度審議会を設けて四年にわたり慎重に審議した結果、従来の文科一類、文科二類、理科一類、理科二類の分類を変更し、昭和三十七年度より新しい科類別に従って、入学試験を実施することとする。(中略)(三)医学部医学科に進学を希望する者に対しては、従来入学の二年後に改めて選抜試験を実施したが、三十七年度教養学部入学者よりはこれを実施せず、他学部に準じる進学振分けの方法による。」―東京大学専門委員会「東京大学教養学部の科類別および募集人員について」
とされ、現行の科類区分が成立した。この進学制度の改革により、医学部医学科へはほとんどが理科三類から進学することとなり、それまで行われていた医学部公募制は制度上もなくなった[9]。
現在の進学選択では、理科二類から8名、全科類から2名が医学部医学科に進学できる。
主な出身者
(入学年と氏名)
- 1962年:福島孝徳、浅野茂隆
- 1963年:小西隆裕、増子忠道
- 1964年:加我君孝、花岡一雄、寺岡慧
- 1965年:廣川信隆、白川洋一、石川憲彦、上西紀夫、井上哲文、加藤進昌、牛島廣治、日野雅夫
- 1966年:清水孝雄、川越厚、小西敏郎、作田学、川人明、北村唯一、幕内雅敏
- 1967年:島薗進、春日雅人、阿部知子、岡井崇、岡部哲郎、幕内雅敏、岩﨑甫、大内尉義、佐藤弘
- 1968年:松本俊夫、永井良三、小松秀樹、中安信夫、岩本愛吉、岡芳知
- 1970年:中田力、渡辺英寿、山田信博、有賀徹、榊原洋一、貫名信行、水澤英洋、平岩幹男、堤治
- 1971年:児玉龍彦、江口重幸、片岡徹、福家伸夫、鳥羽研二
- 1972年:月田承一郎、門脇孝、坂井建雄、征矢野進一、藤山直樹、北村聖、川島眞、出雲正剛、澁木克栄
- 1973年:内海健、竹原和彦、高戸毅、村山繁雄
- 1974年:西本征央、林直樹、小池和彦、中嶋聡、玉岡晃、水口雅、森崎裕子
- 1975年:北村俊雄、浜辺祐一、河西春郎、藤巻高光、宮園浩平、丸山敬、國土典宏
- 1976年:岡野憲一郎、小室一成、伊集院清一、福本修、石橋俊、中釜斉
- 1977年:池川志郎、赤林朗、松野彰、栗原裕基、張漢秀
- 1978年:間野博行、田淵正文、平岩正樹、岩坪威、大江和彦、水谷徹、大西洋英
- 1979年:秋下雅弘、伊佐正、岡本卓、北村義浩、中川恵一、和田秀樹、篠原一彦、戸田達史、俣野哲朗、堀江重郎、藤谷洋平
- 1980年:木内貴弘、刈間理介、里見清一、東明浩、宮﨑徹、岡部繁男、今中雄一、丹生健一、藤原敏博、大槻マミ太郎
- 1981年:石黒達昌、亀井眞樹、田中栄、北中千史、西山和利、中田隆夫、小野稔、片桐秀樹
- 1982年:南學正臣、本田秀夫、奥真也、小林直人、加藤忠史、木戸道子、柏淳
- 1983年:古川聡
- 1984年:高柳広、針間克己、黒川峰夫、澤明
- 1985年:渋谷健司、神田善伸、阿古潤哉、吉内一浩、張賢徳、中澤達、種本雅之
- 1986年:米山隆一、山内敏正、高木二郎
- 1987年:岡田康志、上昌広、石川公一、富永昌宏、宇於崎宏、荻野周史、阿保義久、風野春樹、松田修二、長谷川潔、中冨浩文、増本智彦
- 1988年:宇井十間、瀬藤光利
- 1989年:広瀬宏之
- 1990年:武藤真祐、河野崇、高橋芳久、武田憲彦
- 1991年:有田淳一
- 1992年:山下裕玄、村重直子
- 1993年:冲永寛子、狩野光伸、曽根邦夫、田端実、加藤大基、永松健
- 1994年:上田泰己
- 1996年:板谷慶一
- 1998年:稲葉俊郎、戸田アレクシ哲
- 2000年:清山知憲、坪倉正治
- 2001年:籠谷勇紀
- 2003年:豊田剛一郎
- 2004年:乾雅人、萩原彰文
- 2005年:神吉雅崇、瀬尾拡史、今村友紀
- 2006年:岩波邦明
- 2012年:大筋由里桂
- 2013年:川畑幸平、米田あゆ
- 2014年:河野玄斗、水上颯
- 2017年:青松輝、度會亜衣子
- 2019年:河野ゆかり、上田彩瑛