脇方駅

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所在地 北海道虻田郡京極町字脇方
北緯42度52分8.8秒 東経140度57分20.9秒 / 北緯42.869111度 東経140.955806度 / 42.869111; 140.955806座標: 北緯42度52分8.8秒 東経140度57分20.9秒 / 北緯42.869111度 東経140.955806度 / 42.869111; 140.955806
所属路線 胆振線(脇方支線)
キロ程 7.5 km(京極起点)
脇方駅
わきかた
Wakikata
京極 (7.5 km)
所在地 北海道虻田郡京極町字脇方
北緯42度52分8.8秒 東経140度57分20.9秒 / 北緯42.869111度 東経140.955806度 / 42.869111; 140.955806座標: 北緯42度52分8.8秒 東経140度57分20.9秒 / 北緯42.869111度 東経140.955806度 / 42.869111; 140.955806
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 胆振線(脇方支線)
キロ程 7.5 km(京極起点)
電報略号 ワキ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1920年大正9年)7月15日[1]
廃止年月日 1970年昭和45年)11月1日[1]
備考 脇方鉱山の閉山に伴い廃駅
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脇方駅(わきかたえき)は、北海道虻田郡京極町字脇方に所在した日本国有鉄道(国鉄)胆振線廃駅)である[1]事務管理コードは▲131931[2]

年表

1976年の脇方駅跡と周囲約1 km範囲。左下が京極方面。駅は写真中央より少し右上にあった。廃線となって6年後の姿で、まだ軌道跡が明瞭に認められる。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

国有鉄道京極軽便線終着駅として開業した駅で、日鉄鉱業倶知安鉱山から産出する鉄鉱石褐鉄鉱)の輸送のために設置された駅である。戦時中は特需産業として鉄道の需要も増え、戦後になってからも乗車人員が年間6万人、貨物輸送量も6万t前後の好況が続いた。最盛期には3000人以上が住んでいた[3]

しかし、1962年(昭和37年)頃から資源が減少し、1969年(昭和44年)に倶知安鉱山が閉山すると輸送量ともに激減し、1970年昭和45年)に廃駅となった。末期は1日5往復の運行、駅員は3人だった。鉱山の閉山に伴い、郵便局は廃局、小中学校も廃校となり、廃駅時には5戸8人の農家が残っていた[3]

駅名の由来

地名より。同地を流れるワッカタサップ川のアイヌ語名「ワッカタサㇷ゚(wakka-ta-sap)」の上半部に字をあてたものである[8]

「ワッカタサㇷ゚(wakka-ta-sap)」の語義は「水を・汲みに・下る処」とされているが、これについてアイヌ語研究者の山田秀三は「サㇷ゚(sap)」が「サン(san)」(出る・下る)の複数形であることを踏まえ、「水が・そこで・ごちゃごちゃ流れ出る」の意ではないかと推測している[8]

駅周辺

脚注

隣の駅

関連項目

外部リンク

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