脇方駅

かつて北海道虻田郡に存在した胆振線の廃駅 From Wikipedia, the free encyclopedia

脇方駅(わきかたえき)は、北海道虻田郡京極町字脇方に所在した日本国有鉄道(国鉄)胆振線廃駅)である[1]事務管理コードは▲131931[2]

所在地 北海道虻田郡京極町字脇方
北緯42度52分8.8秒 東経140度57分20.9秒
所属路線 胆振線(脇方支線)
キロ程 7.5 km(京極起点)
概要 脇方駅, 所在地 ...
脇方駅
わきかた
Wakikata
京極 (7.5 km)
所在地 北海道虻田郡京極町字脇方
北緯42度52分8.8秒 東経140度57分20.9秒
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 胆振線(脇方支線)
キロ程 7.5 km(京極起点)
電報略号 ワキ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1920年大正9年)7月15日[1]
廃止年月日 1970年昭和45年)11月1日[1]
備考 脇方鉱山の閉山に伴い廃駅
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歴史

1976年の脇方駅跡と周囲約1 km範囲。左下が京極方面。駅は写真中央より少し右上にあった。廃線となって6年後の姿で、まだ軌道跡が明瞭に認められる。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

国有鉄道京極軽便線終着駅として開業した駅で、日鉄鉱業倶知安鉱山から産出する鉄鉱石褐鉄鉱)の輸送のために設置された駅である。戦時中は特需産業として鉄道の需要も増え、戦後になってからも乗車人員が年間6万人、貨物輸送量も6万t前後の好況が続いた。最盛期には3000人以上が住んでいた[3]

しかし、1962年(昭和37年)頃から資源が減少し、1969年(昭和44年)に倶知安鉱山が閉山すると輸送量ともに激減し、1970年昭和45年)に廃駅となった。末期は1日5往復の運行、駅員は3人だった。鉱山の閉山に伴い、郵便局は廃局、小中学校も廃校となり、廃駅時には5戸8人の農家が残っていた[3]

年表

駅名の由来

地名より。同地を流れるワッカタサップ川のアイヌ語名「ワッカタサㇷ゚(wakka-ta-sap)」の上半部に字をあてたものである[8]

「ワッカタサㇷ゚(wakka-ta-sap)」の語義は「水を・汲みに・下る処」とされているが、これについてアイヌ語研究者の山田秀三は「サㇷ゚(sap)」が「サン(san)」(出る・下る)の複数形であることを踏まえ、「水が・そこで・ごちゃごちゃ流れ出る」の意ではないかと推測している[8]

駅周辺

脚注

隣の駅

関連項目

外部リンク

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