飾磨区英賀
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現行の区画は飾磨区の南西端に位置し、水尾川およびその本流である夢前川最下流の東岸に南北に続く区域である[4]。大半が工場地帯であり、一部が住宅地となっている[3]。北側を山陽電気鉄道網干線が通るが、軌道敷は範囲外である。
明治以前の飾西郡英加村の流れを汲む大字で、元々は山陽本線より南側の水尾川と夢前川に挟まれた範囲を含み、一部は夢前川西岸に跨る広大な面積を有した。1960年(昭和35年)より大規模な土地区画整理事業が行われ、その大半が別の町丁へと分割された。
なお、区域が夢前川以西に飛び出していたのは、日本製鐵広畑製鉄所(現・日本製鉄瀬戸内製鉄所広畑地区)の建設に際し夢前川下流の流路が約700m東へ変更されたためであり[5]、これについては区画整理に際し飾磨区でなく広畑区を冠する町名となっている。
歴史
区画整理後の飾磨区英賀の区域は、かつての飾西郡英加村のうち下新田・浜新田・東浜・葭林新田・粕谷新田に相当する。これらは江戸時代には耕作地であった[3]。
- 1871年8月29日(明治4年7月14日) - 廃藩置県により姫路県(のち飾磨県)飾西郡英加村となる。
- 1876年(明治9年)8月21日 - 府県統合により兵庫県の管轄となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行に伴い、飾西郡(のち飾磨郡)英賀保村の大字英賀となる。
- 1936年(昭和11年)4月1日 - 英賀保村の飾磨町への編入に伴い、飾磨町の大字となる。
- 1940年(昭和15年)2月11日 - 飾磨町の市制施行に伴い、飾磨市の大字となる[6]。
- 1946年(昭和21年)3月1日 - 飾磨市の合併による姫路市発足に伴い、同市の飾磨区英賀となる。
- 1960年(昭和35年) - 以下の町丁が分立[7]。
- 1963年(昭和38年) - 飾磨区粕谷新町が分立[7]。
- 1967年(昭和42年) - 飾磨区中浜町一 - 三丁目および飾磨区今在家二 - 四丁目が分立[7]。
世帯数と人口
2025年9月30日現在の世帯数は329世帯、人口は605人である[人口 1]。
それ以前の世帯数と人口は以下の通りである。
| 調査日 | 世帯数 | 人口 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1980年9月31日 | 232世帯 | 761人 | [人口 2] |
| 1985年9月30日 | 285世帯 | 920人 | [人口 3] |
| 1990年9月30日 | 293世帯 | 913人 | [人口 4] |
| 1995年9月30日 | 291世帯 | 870人 | [人口 5] |
| 2000年9月30日 | 316世帯 | 837人 | [人口 6] |
| 2005年9月30日 | 322世帯 | 763人 | [人口 7] |
| 2010年9月30日 | 332世帯 | 730人 | [人口 8] |
| 2015年9月30日 | 311世帯 | 646人 | [人口 9] |
| 2020年9月30日 | 308世帯 | 630人 | [人口 10] |
学区
全域が姫路市立英賀保小学校ならびに姫路市立飾磨西中学校の学区内となる[8]。