荒川晃大
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キャリア初期
荒川は東京都江戸川区に生まれる[2]。父親の影響を受け、3歳で初めて電動バイクに乗り[3]、後にポケットバイクに乗り換えた。2014年にホンダが主催する「NSF100 HRCトロフィー ジュニアチャンピオンシップ」で優勝し[4]、2015年、鈴鹿サーキットレーシングスクールSRS-Motoクラスに入学。同校には清成龍一をはじめとするトップライダーを輩出していた[5][6]。
全日本ロードレース選手権
ST600
2018年、筑波ロードレース選手権及び鈴鹿サンデーST600でチャンピオンを獲得し、2019年、MOTOBUM HONDAから全日本ロードレース選手権ST600クラスに参戦[7][8]。デビュー戦となった開幕戦(もてぎ)で7位入賞するが、シーズンを通して不安定なレースが続いた後、最終戦(鈴鹿)でポールポジションを獲得し、決勝で3位に入り、初表彰台を獲得でシーズンを終え、シリーズ7位。2020年もST600クラスから参戦し、表彰台圏内2回・ポール2回の成績で、シリーズ5位を記録。
2021年もMOTOBUM HONDAからST600クラス参戦3年目を迎え[9]、第2戦(菅生)で初優勝を飾り、同時に通算4回目のポールを獲得[10][11]。さらに第4戦(筑波)と第5戦(鈴鹿)で2戦連続表彰台に上り、シリーズ3位で終えた。2022年には第3戦(菅生)での優勝を含む5戦連続表彰台に上り[12]、最終戦(鈴鹿)で4位に入り、シリーズタイトルを獲得[13][14]。
ST1000
2023年、ST1000クラスへ昇格し、MOTOBUM HONDAから参戦[15]。シーズンをトップ10フィニッシュでスタートし、第4戦(オートポリス)のレース1で2位初表彰台、レース2で初優勝を飾った[16][17]。また、第5戦(岡山)でST1000クラス初のポールポジションを獲得し[18]、最終戦(鈴鹿)で2勝目を挙げ[19]、最終的に渡辺一馬に5ポイント差でシリーズ2位の成績でシーズンを終えた[20]。2024年もMOTOBUMに残留し[21]、シーズンをスタートしたが、開幕戦(もてぎ)で失格の裁定が下り、第2戦(菅生)で3位表彰台のみに終わり、シリーズ5位。
2024年12月、6年在籍したMOTOBUM HONDAを離れ、2025年シーズンよりAstemo Pro Honda SI Racingへ移籍することが発表された(チームメイトは羽田太河)[22][23]。シーズンを通して2回の表彰台を獲得し、最終戦(鈴鹿)では2位が最高成績となった[24]。
JSB1000
2025年、Astemo Pro Honda SI RacingとST1000クラスにフル参戦を発表した後、JSB1000クラス開幕戦(もてぎ)にワイルドカード枠で出場。予選18番グリッドからスタートし、決勝では14位でフィニッシュし、デビュー戦で初入賞を果たした[25]。
アジアロードレース選手権
2019年、荒川はワイルドカード枠としてアジアロードレース選手権第4戦(鈴鹿)でSSP600クラスに出場。予選5番グリッドを着けたが、レース1はクラッシュ、レース2は9位の成績だった[26]。2022年もワイルドカード枠でSSP600クラスから第3戦(菅生)に参戦。両レースともポールトゥウィンを飾った[27][28]。2023年も同選手権で最後のワイルドカード参戦を果たすと同時にASB1000クラスから出場し、レース1で8位、レース2で4位を記録した[29]。
鈴鹿8時間耐久ロードレース
2023年、Honda Dream RT SAKURAI HONDAから鈴鹿8時間耐久ロードレースでデビュー。予選8番手、決勝5位でフィニッシュした[30]。2024年6月、鈴鹿サーキットで開催された鈴鹿8耐テストでTeam HRCから参加し[31]、高橋巧、ヨハン・ザルコとともに3人目のライダー候補に挙がったが、最終的に名越哲平を起用し、荒川はリザーブライダーに回った[32][33]。2025年、Astemo Pro Honda SI Racingから野左根航汰、山中琉聖とともに出場することが発表された[34]。チームは予選10番手を着けたが、走行中にエンジントラブルが発生し、リタイアを余儀なくされた[35]。