落合駅 (北海道)

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年表

1977年の落合駅と周囲約1km範囲。右下が新得方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

1966年までは根室本線が現在の新狩勝トンネル経由ではなく、狩勝トンネル経由の急勾配ルートだったため、狩勝峠を越えるために機関車をこの駅に配置していた[2]。旧線時代は新得駅との間に狩勝信号場新内駅があった。

駅名の由来

和名であり、空知川本流(シーソラプチ川)とルウオマンソラプチ川が同地で合流することに由来する[10][11]。なお、この地名は駅名が初出であり、のちに市街地名、原野名、広域地区名として使われるようになった[11]

なお、シーソラプチ、ルウオマンソラプチそれぞれのアイヌ語での原義は、「シソラㇷ゚チ(si-sorapchi)」(本流の・空知川)、「ルオマンソラㇷ゚チ(ru-oman-sorapchi)」(道が・〔奥の方へ〕行っている〔=交通路である〕・空知川)である[12]

接続

  • 1922年(大正11年)8月:トマム森林鉄道開設[13]。当駅に隣接して貯木場設置[13]。最長時23キロ[14]
  • 1928年(昭和3年):落合森林軌道開設[13]。最長時(1930年)24キロ[14]。トマム森林鉄道廃止[13]
  • 1929年(昭和4年):落合森林軌道に機関車が導入されて落合森林鉄道となる[15]
  • 1943年(昭和18年):落合森林鉄道廃止[13][注釈 1]

駅構造

廃止時点では島式ホーム単式ホーム2面3線のホーム及び木造駅舎を持つ地上駅であった。2016年3月25日までは午後に滝川駅・富良野駅と当駅を結ぶ折り返し列車があった。富良野駅管理の無人駅で、木造駅舎が残っていた。ホーム間の移動は跨線橋で連絡していた。廃止直前のホームや線路は手入れがされていなかった。

利用状況

乗車人員の推移は以下のとおりであった。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1992年(平成4年) (13.0) [16] 1日平均乗降客数26人
2012年(平成24年) 4 [JR北 4] 以下、1日平均はJR北海道の同年の特定の平日の調査日の数値
2013年(平成25年) 5
2014年(平成26年) 4
2015年(平成27年) 5 4.5
2016年(平成28年) - 同年度から東鹿越 - 新得間被災によりバス代行。データなし。
2017年(平成29年) - [JR北 5]
2018年(平成30年) - [JR北 6]
2019年(令和元年) - [JR北 7]
2020年(令和2年) - [JR北 8]
2021年(令和3年) - [JR北 9]
2022年(令和4年) - [JR北 10]
2023年(令和5年) - [JR北 11]

駅周辺

小市街地になっている。

その他

BoAの2004年12月発売のヒット曲「メリクリ」は、当駅でプロモーションビデオの撮影が行われ、駅舎やホーム、当駅に入線するキハ40系気動車が映っている。また、北海道勇払郡占冠村星野リゾート トマム内にある水の教会でもロケが行われている。

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
根室本線
幾寅駅 (T36) - 落合駅 (T37) - (上落合信号場) - (新狩勝信号場) - (広内信号場) - (西新得信号場) - 新得駅 (K23)
  • 上落合信号場 - 新得駅間は、石勝線開通後は石勝線との重複区間であったため、根室本線廃止後も石勝線単独区間として供用。
日本国有鉄道(国鉄)
根室本線 旧線
落合駅 - 狩勝信号場 - 新内駅

脚注

関連項目

外部リンク

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