野花南駅

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年表

1977年の野花南駅と周囲約750m範囲。右が富良野方面。空知炭山を控える滝川側の駅とは打って変わり、周囲は農地が広がる。大正5年から大正8年までの僅かな期間、富士製紙江別工場向け木材搬送用の馬車軌道が駅まで敷設されていたとの記録がある。千鳥状にずれた単式ホーム2面2線と駅裏側に貨物用留置線、駅舎横の滝川側に貨物ホームと引込線を有している。貨物取扱廃止後、駅舎横の貨物ホームと引込み線は撤去され、駅裏側の側線は滝川側の分岐が切られて保線用となった。さらにその後高速化にあわせ、駅裏側の側線は副本線に敷き直された。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成

駅名の由来

アイヌ語に由来する。山田秀三は「ノカナン」やそれに類した地名(糠南駅のヌカナン等)について「殆どが意味が分からなくなっていて[5]」としているが、この「野花南」については「ノカンナイ(nokan-nay)」(小さい・川)が由来ではないかと推察している[5][6]

なお永田方正が『北海道蝦夷語地名解』で「ノカナン。機弓の糸を置く処[5]」としているが、これについて山田は「ノッカアン(notka-an)」(動物を捕る仕掛け弓やワナにつける「さわり糸」・ある)と永田は解釈したのではないかとしているが[5][6]、「あまり見ない地名の形で、まあ(注:永田の)試案とでもみるべきであろう[5][6]」としている。

なお、地名における「野花南」は1939年(昭和14年)4月1日に芦別村(当時)で行われた字名改正で、当駅周辺の字名が「丸山」(当地の山に由来)および「金剛」(当地の沢名に由来)と変更になり一度消滅しているが[7][8]、郵便局や小学校なども改名されないまま定着せず[8]、駅名も下芦別(現:芦別)・上芦別・奔茂尻(のちの滝里)であったような改名陳情も行われず[7]、1955年(昭和30年)9月に字名を廃止した際に「野花南町」となって現在に至っている[8]

駅構造

単式ホーム2面2線を持つ地上駅跨線橋はなく構内踏切を渡る。

無人駅自動券売機は設置されていない。

のりば

駅舎側より記載。

番線路線方向行先
2 根室本線 上り 滝川方面
1 下り 富良野方面

利用状況

乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1992年(平成4年) (4.0) [9] 1日平均乗降客数8人
2015年(平成27年) 「10名以下」 [JR北 1]
2016年(平成28年) 2.4 [JR北 2]
2017年(平成29年) 2.2 [JR北 3]
2018年(平成30年) 1.6 [JR北 4]
2019年(令和元年) 2.0 [JR北 5]
2020年(令和2年) 2.6 [JR北 6]
2021年(令和3年) 2.4 [JR北 7]
2022年(令和4年) 3.2 [JR北 8]
2023年(令和5年) 4.2 [JR北 9]
2024年(令和6年) 4.4 [JR北 10]

駅周辺

隣の駅

北海道旅客鉄道(JR北海道)
根室本線
上芦別駅 (T27) - 野花南駅 (T28) - *滝里駅 - (島ノ下信号場) - 富良野駅 (T30)
*打消線は廃駅

脚注

関連項目

外部リンク

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