讃岐丸 (宇高連絡船・2代)

From Wikipedia, the free encyclopedia

クラス 伊予丸型
船籍 日本の旗 日本
所有者 日本国有鉄道(1974年 - 1987年)
四国旅客鉄道(1987年 - 1996年)
讃岐丸(2代目)
国鉄 宇高連絡船 讃岐丸(1986年頃撮影)
基本情報
船種 鉄道連絡船
クラス 伊予丸型
船籍 日本の旗 日本
所有者 日本国有鉄道(1974年 - 1987年)
四国旅客鉄道(1987年 - 1996年)
運用者 日本国有鉄道四国総局宇高船舶管理部
建造所 内海造船瀬戸田工場
母港 東京港/東京都(国鉄時代)
高松港/香川県(JR四国時代)
姉妹船 伊予丸 土佐丸 阿波丸
船舶番号 116315[1]
信号符字 JG3385
IMO番号 7374541
MMSI番号 525015378
改名 Good Saviour I
KM. Dharma Kencana
Dharma Santosa
Dharma Kencana
経歴
起工 1973年(昭和48年)10月4日[1]
進水 1974年(昭和49年)3月23日[1]
竣工 1974年(昭和49年)6月28日
就航 1974年(昭和49年)7月20日
運航終了 1988年(昭和63年)4月10日(宇高連絡船として)
1996年(平成8年)11月24日[2](観光船として)
その後 インドネシアの旗 インドネシアに売却
現況 インドネシアの旗 インドネシアで就航中
要目 (新造時)
総トン数 3,087.73トン
全長 88.91m
垂線間長 84.00m
最大幅 15.80m
深さ 5.45m
満載喫水 3.76m
主機関 ダイハツ 6DSM26 ディーゼル機関 2基[1]
推進器 スクリュープロペラ 2軸
出力 5,369PS[1]
最大速力 16.872ノット
航海速力 15.25ノット
旅客定員 普通船室2016名、グリーン船室334名
乗組員 42名
車両搭載数 ワム換算27両(ワム型有蓋車は1両自重10t、荷重15t、車長10m)
車両甲板や中甲板は閉鎖されていないため、総トン数には含まれていない。
テンプレートを表示

讃岐丸(さぬきまる)は、日本国有鉄道四国総局宇高船舶管理部(宇高航路)に在籍した客載車両渡船である。信号符字はJG3385。同名を持つ宇高連絡船用船舶としては2隻目である。

老朽化により1974年(昭和49年)6月に退役した車両渡船第三宇高丸の代替として、当時まだ増加傾向にあった旅客需要にも対応するため、阿波丸建造から約7年の空白を置いて建造された伊予丸型第4船[3][4]日立造船で設計、内海造船瀬戸田工場で建造、1974年6月28日に竣工し、7月20日に就航した。

船の大きさや客室の一般配置は伊予丸、土佐丸、阿波丸の前3隻に準じたが、グリーン船室乗船口の廃止や主機の変更とマルチプルエンジン化[5]、バウスラスター出力増強、船員居室の配置変更など随所に大幅な仕様の変更が見られた(後述)。

当初の塗色は小豆島オリーブをモチーフにしたピーコックグリーンであったが、本船のみ帯状に塗り分けられていた。

1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化にあたっては、四国旅客鉄道(JR四国)に継承された。1988年(昭和63年)4月の瀬戸大橋線開通による宇高航路普通便の廃止前の同年3月19日から内海造船瀬戸田にて、船首部客室窓の大型化や客室屋根の展望デッキ化など、JR四国の観光船とするための大幅な改造工事を行った。

船体塗色はピーコックグリーンからJR四国のコーポレートカラーである水色に変更されて観光船として営業していたが、1996年(平成8年)11月24日に退役した[6]インドネシアのDharma Lautan Utama社に売却され、現在はカーフェリーに改装されて「Dharma Kencana I」として就航している。

「伊予丸型」前3隻からの主な変更点

改装後プロフィール

脚注

Related Articles

Wikiwand AI