南海丸

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船種 客船
クラス 山陽丸級客船
所有者 鉄道省
運輸通信省
運輸省鉄道総局
日本国有鉄道
広瀬産業
藤田邦弘
和洋汽船
南海丸
基本情報
船種 客船
クラス 山陽丸級客船
船籍 大日本帝国の旗 大日本帝国
日本の旗 日本
所有者 鉄道省
運輸通信省
運輸省鉄道総局
日本国有鉄道
広瀬産業
藤田邦弘
和洋汽船
運用者 鉄道院
鉄道省
運輸通信省
運輸省鉄道総局
日本国有鉄道
広瀬産業
藤田邦弘
和洋汽船
建造所 三菱造船神戸造船所[1]
母港 東京港/東京都
大阪港/大阪府
高知港/高知県
姉妹船 山陽丸
船舶番号 29427→69566[2]
信号符字 SNBK→JCLE→JRPD[2]
改名 南海丸→新生丸[2]
経歴
起工 1923年1月8日[2]
進水 1923年4月18日[2][3]
竣工 1923年6月25日[4]
就航 1923年7月3日[4]
運航終了 1948年12月27日
その後 1965年9月解体[2]
要目
総トン数 561.19トン[5]
垂線間長 140.00フィート (42.67 m)[2][5]
型幅 28.6フィート (8.72 m)[5]
深さ 13.86フィート (4.2 m)[5]
型深さ 12フィート6インチ (3.8 m)[2]
ボイラー 就航時
池田式水管缶 2基[6]
主機関 就航時
減速歯車付きパーソンズ反動タービン機関 2基[6]
1956年
焼玉機関 2基[2]
推進器 スクリュープロペラ 2軸
出力 就航時
700SHP[2]
1956年
260HP[2]
最大速力 1956年
10ノット
航海速力 就航時
13.861ノット[1][2]
1956年
9ノット[2]
旅客定員 就航時[6]
二等:158名
三等:899名
1935年[6]
二等:157名
三等:746名
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南海丸(なんかいまる)は、鉄道省(後の日本国有鉄道宇高航路に在籍した客船。同型船に「山陽丸」がある[6]

船名の「南海」は、南海道に由来する[要出典]

「山陽丸」型は当時の瀬戸内海の連絡船では設備の優秀な快速船であり[7]、遊覧船のような船であった[6]。遊歩甲板前部が展望室となっており、その後部と上甲板に二等客室が、遊歩甲板後部と上甲板、下層甲板に三等客室があった[6]1930年昭和5年)に運搬車28両を搭載できるように改装された[6]。木部にはすべてチーク材が用いられ、畳敷きの二等客室に敷かれた絨毯は当時800円もしたものであり、洗面所や便所には大理石が多く用いられるなど、船の設備は贅沢なものであった[8]

「南海丸」の旅客定員は以下のように変わっている[6]

二等客室三等客室
1923年大正12年) 158名899名
1930年(昭和5年) 158名954名
1934年(昭和9年)3月 158名796名
1934年(昭和9年)6月 157名953名
1935年(昭和10年) 157名746名

船歴

脚注

参考文献

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