走塁放棄
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走塁放棄は、公認野球規則5.09(b)(2)[1]に規定されている。一塁に触れ、走者となったプレーヤーが、走路から離れ、次の塁に進もうとする意志を明らかに放棄した場合、この走者はアウトになる。
規則5.09(b)の【原注】には、
一塁に触れてすでに走者となったプレーヤーが、もはやプレイは続けられていないと思い込んで、ベースパスを離れてダッグアウトか守備位置の方へ向かったとき、審判員がその行為を走塁する意思を放棄したとみなすことができると判断した場合、その走者はアウトを宣告される。この際、たとえアウトが宣告されても、他の走者に関しては、ボールインプレイの状態が続けられる。
と書かれており、ある走者が審判員によって走塁放棄と判断されアウトを宣告されても、引き続きボールインプレイであり、他の走者は走塁できるし、触球されればアウトになる。
規則制定の背景
1959年5月26日、ミルウォーキー・カウンティ・スタジアムで行われたピッツバーグ・パイレーツ対ミルウォーキー・ブレーブスの試合で、延長13回裏、ブレーブスの攻撃。一死一・二塁で、ジョー・アドコックが右中間越えの本塁打を打った。二塁走者のフェリックス・マンティラは正しく本塁に還ってきたが、一塁走者のハンク・アーロンは、打球がフェンス手前に落ちたと思い、二塁に達してから一塁側ベンチに引き上げかけた。打者走者のアドコックは、二塁を回って本塁に向かった。ブレーブスはアーロンを走路に戻したが、アドコックと走順が入れ替わったため、アドコックがアウトになった。審判員はマンティラとアーロンの得点を認め、0 - 2x(サヨナラゲーム)としたが、翌日、会長裁定で、アドコックの追い越しが二・三塁間だったので本塁打を取り消して二塁打に訂正し、スコアを0 - 1xとした。
このプレイの反省から、本塁打を生かすため、走塁を放棄した走者に対して審判員が直ちにアウトを宣告するための規定として、規則7.08(a)(2)(2017年現在の5.09(b)(2))が設けられた。
本件に規則5.09(b)(2)を適用すると、アーロンが二塁に達してから一塁側ベンチに引き上げる様子が見られた時点で、審判員はアーロンに走塁放棄によるアウトを宣告できる。するとアドコックはアウトとはならず、本塁打がそのまま認められ、二塁打とされることはなくなる。
実例
2015年8月7日の全国高等学校野球選手権大会1回戦、下関商業対白樺学園の試合で、2回表、白樺学園の攻撃。一死一・二塁で、打者は中堅へ飛球を放った。中堅手は一度捕球しかけたが、落球し、一塁塁審も「ノーキャッチ」と判定した。一塁走者は捕球されたと思い込んで一・二塁間から一度一塁方向に戻り、落球に気づいて再び二塁に向かって走り出した。中堅手はボールを拾って二塁に送球した。送球のほうが早く、一塁走者はアウトになった。また、打者走者も捕球されたと思って途中で走塁をやめ、ベンチに向かっていた。二塁からの送球を受けた一塁手が一塁に触球したが、球審は、打者走者が走塁を放棄したと判断してアウトを宣告。結果、一塁走者と打者走者の併殺となって、攻撃が終了した[2] [3]。