野内組
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
初代野内組
野内正博は熊本県出身で、幼い頃に実親の都合で岐阜の親類のもとに預けられ育った[2]。中学時代から暴れん坊で地元では知られた存在だった[2]。
- 昭和56年頃(1981年頃)
1981年頃[2]、中学校卒業後すぐに[3]三代目山口組直系則竹組系(岐阜)に入門し渡世入りを果たす[2]。
- 平成2年(1990年)
則竹組解散後、1990年に髙山清司が組長を務める五代目山口組初代弘道会髙山組組員となり、数年後に髙山組内に野内組を結成[2][3]。髙山組では最高幹部を務めた[4]。
- 平成17年(2005年)
2005年、六代目山口組二代目弘道会直参となる[5][6]。
- 平成19年(2007年)
- 平成27年(2015年)
2015年10月6日[8]、長野県飯田市で六代目山口組二代目近藤組掛野組[9]組員が兄貴分である同組幹部に射殺された(組員が神戸山口組系三代目竹内組へ移籍の動きがあったため)[10]。神戸山口組系組織が飯田市に組員を送り込むことを察知した三代目弘道会野内組野内正博組長は、組員を現地に送り支援した。以降、長野県内で抗争事件が多発する[10]。
- 平成28年(2016年)
2016年1月27日、三代目弘道会野内組が長野市内での会合に参加するために中央自動車道を利用[11]。それを妨害しようとした神戸山口組系三代目竹内組と高速でカーチェイスを繰り広げ、大量の警察車両も投入され、のべ4時間にわたり交通が麻痺した[11]。三代目竹内組構成員ら4名は、長野県南箕輪村の中央自動車道上り2車線にクルマを停車、公道を封鎖したとして威力業務妨害で現行犯逮捕された[12]。
2016年6月29日・30日、長野地方裁判所松本支部は、長野県飯田市で起きた三代目弘道会野内組組員ら6人が山健組三代目竹内組関係者らが乗る車両を襲撃した事件で、三代目弘道会野内組組員ら6人全員に対し懲役1年2月(求刑1年6月)を執行猶予付きで言い渡した[13][14]。
2016年8月、神戸山口組四代目山健組若頭補佐竹内組金澤成樹組長らは三代目弘道会野内組野内正博組長らを狙っていたとして殺人予備容疑で逮捕された(のちに不起訴)[15]。
- 平成29年(2017年)
2017年1月、京都・六代目会津小鉄会が、山口組分裂の余波で分派騒動を起こし、六代目山口組を支持する一派を支援するため、三代目弘道会野内組野内正博組長が京都・六代目会津小鉄会本部に駆けつけた[2]。
2017年、神戸山口組古川組を離脱した坂田組(新宿区歌舞伎町)は三代目弘道会野内組に移籍した。
2017年、六代目山口組三代目弘道会舎弟に直った。三代目弘道会統括委員長に就任[16]。
- 平成30年(2018年)
2018年9月、任侠山口組を離脱した北村隆治(任侠山口組舎弟頭[10])と西川純史(任侠山口組総本部長補佐[10])は三代目弘道会野内組に移籍し二代目北村組(大阪市)となった。
2018年、神戸山口組山健組を離脱した塩谷一家(宇都宮市)は三代目弘道会野内組に移籍した。
2018年、任侠山口組を離脱した野衆会(藤井寺市)は三代目弘道会野内組に移籍した。
- 平成31年 / 令和元年(2019年)
2019年2月、神戸山口組四代目山健組を離脱した二代目栗山組(群馬県)は三代目弘道会野内組に移籍した[17]。
2019年4月、三代目弘道会野内組組員2人が神戸山口組五代目山健組若頭を襲撃した[2]。
2019年9月、長野県警飯田署は、同年8月に長野県飯田市で六代目山口組三代目弘道会野内組三代目近藤組組長が木刀で殴られるなど暴行され監禁された事件で、任侠山口組四代目竹内組幹部ら9人を逮捕監禁致傷の疑いで逮捕した。
2019年11月[18]、六代目山口組三代目弘道会若頭に就任[3]。
2019年、神戸山口組を離脱した権太会(大阪市)は三代目古川組から破門された後に[19]、三代目弘道会野内組に移籍した[20]。
2019年、所属していた極心連合会が解散した関興業(大阪市)は神戸山口組を離脱し三代目弘道会野内組に移籍した。
- 令和2年(2020年)
2020年1月24日、群馬県桐生市天神町で三代目弘道会野内組栗山組組員が拳銃で撃たれ死亡した。
2020年1月、岐阜県公安委員会は、暴力団対策法に基づく「警戒区域」に岐阜市を指定した[21][22]。
2020年、絆會を離脱した大平組(尼崎市)は三代目弘道会野内組権太会に移籍した。
2020年、神戸山口組五代目山健組を離脱した普天間組(渋谷区)は三代目弘道会野内組権太会に移籍した。
2020年、神戸山口組五代目山健組を離脱した牧野興業(東大阪市)は三代目弘道会野内組権太会に移籍した。
2020年、絆會を離脱した二代目古川組(尼崎市)は三代目弘道会野内組権太会に移籍し尼崎睦会となった。
2020年12月、三代目弘道会野内組組員が神戸山口組三代目熊本組藤健興業本部(倉敷市)を襲撃、発砲した[5]。
- 令和3年(2021年)
2021年3月4日、群馬県伊勢崎市で三代目弘道会野内組栗山組組長と実子の2人が拳銃で撃たれ、組員1人が車で轢かれて重傷を負った[23]。
2021年8月、神戸山口組を離脱した二代目兼昭会は(秋田市)三代目弘道会野口組に移籍、二代目兼昭会は五代目伊藤会(本部:青森県十和田市)と合併し組織名を兼勝会に改めた[24]。同年10月、兼勝会は三代目弘道会直参に昇格[24]。
- 令和4年(2022年)
2022年、神戸山口組二代目宅見組を離脱した勝心連合(大阪市)は三代目弘道会野内組に移籍した。
2022年5月13日、大阪・心斎橋のビルとビルの隙間70㎝で三代目弘道会野内組幹部の遺体が発見された[25]。
2022年6月5日、六代目山口組三代目弘道会野内組二代目川合組舎弟が神戸山口組井上邦雄組長自宅の門扉などにリボルバーで17発撃ち込む発砲事件が発生した[26][27][28]。
2022年8月19日、群馬県警桐生警察署捜査本部は、2020年1月に三代目弘道会野内組栗山組組員が拳銃で撃たれ死亡した事件で、殺人と銃刀法違反(発射、加重所持)の疑いで、稲川会上州田中一家幹部ら4人を逮捕した。
2022年9月6日、二代目川合組事務所で、三代目弘道会若頭野内組野内正博組長は稲川会と手打ちをした[29]。
2022年、神戸山口組二代目宅見組を離脱した正心会(泉大津市)(現・正真会)は三代目弘道会野内組に移籍した。
- 令和5年(2023年)
2023年2月、三代目弘道会野内組野内正博組長は稲川会系の組とのトラブルでけじめをつけるため、都内にある野内組傘下組織の事務所で早朝に自らの指を切断し、その自身の指を相手の組に持参し事態を収束させた[30][31][32]。
2023年3月、神戸山口組を離脱した五龍会(札幌市)は三代目弘道会野内組に移籍。
2023年9月、三代目弘道会野内組舎弟頭二代目北村組西川純史組長は2017年9月12日に失った子分の7回忌法要を取り行った[33]。
2023年11月、岐阜県警察は六代目山口組と神戸山口組の対立抗争を受けて、三代目弘道会野内組の関係先事務所などに使用制限の仮命令を出した[1]。三代目弘道会野内組二代目川合組(野内組若頭北村和博組長)の事務所、公道を挟んで北側の建物(寮と食堂)に対して、使用制限の対象となった[34]。
2023年12月、岐阜県公安委員会は、暴力団対策法に基づく「警戒区域」に大垣市(二代目川合組事務所の所在地[35])を指定した[21]。岐阜県内の警戒区域は岐阜市に次いで2番目[21]。
- 令和6年(2024年)
2024年5月29日、三代目弘道会野内組舎弟頭と同若頭補佐、司法書士50代女性ら複数人が、暴力行為処罰法違反の疑いで逮捕された[36]。その後、不起訴処分になった[37]。
2024年9月18日、岐阜県警察は、他人名義のETCカードを使って高速道路を通行し料金の割引を受けたとして詐欺容疑で、六代目山口組三代目弘道会若頭野内組野内正博組長を逮捕した[38]。その後、岐阜地方検察庁は処分保留と判断している[38]。
2024年10月9日、岐阜県警察は、自らの「指詰め」による故意の負傷で健康保険を利用し[30]、国民健康保険の適用で医療費4万5千円[39]の支払いを免れたなどとして詐欺容疑で、六代目山口組三代目弘道会若頭野内組野内正博組長を再逮捕した[39]。この類の案件での逮捕は全国初だとされている[39]。
- 令和7年(2025年)
2025年9月8日、六代目山口組三代目弘道会十一代目紙谷一家[31](津市[40][31])に三代目弘道会全直参が集結し、弘道会四代目は三代目弘道会若頭野内組野内正博組長に決定[41][42][43][4][31]。竹内照明三代目は四代目弘道会総裁に就任[7]。これにより、弘道会に総裁制が導入された(高山総裁はあくまでも呼称で正式な役職ではなかったが、竹内総裁は正式な役職としての総裁)[44]。
2025年9月10日、六代目山口組執行部会が開かれ、四代目弘道会野内正博会長の六代目山口組直参 昇格が承認された[2]。
2025年9月11日、四代目弘道会野内正博会長は新横浜駅から横浜にある稲川会施設を訪れ、稲川会内堀和也会長に弘道会四代目就任・六代目山口組直参昇格の挨拶を行った[45]。
2025年9月25日、四代目弘道会十一代目平井一家本部(豊橋市)で弘道会四代目「盃直し」儀式が行われ[46][6][47][48][49]、兄舎弟盃、親子盃の順に行われた[48]。後見人を四代目弘道会竹内照明総裁(六代目山口組若頭)、取持人を六代目山口組加藤徹次若頭補佐(六代目豪友会会長)、見届人を六代目山口組青野哲也舎弟(七代目一力一家総長)・六代目山口組高木康男舎弟(六代目清水一家総長)・六代目山口組杉山志津雄舎弟(三代目愛桜会会長)[48]・六代目山口組直参竹嶋利王(二代目良知組組長)・六代目山口組直参薄葉政嘉(十一代目平井一家総裁)・六代目山口組直参北島虎(二代目杉組組長)・六代目山口組直参貝本健(貝本会会長)・六代目山口組直参田堀寛(二代目名神会会長)の8人[49]、立会人を六代目山口組中部・東海ブロック所属の直参[49]、媒酌人を六代目山口組直参浜田重正(二代目浜尾組組長)[49]が務めた。野内正博四代目は弘道会直参の50人以上と盃を交わし[49]、舎弟5人、子49人が誕生した[50]。儀式は約1時間で終わった[48][49]。
2025年10月1日、東京都台東区の四代目弘道会小澤組本部事務所で、六代目東声会早野泰会長を兄、小澤組小澤達夫組長を舎弟とする兄舎弟盃を交わした[51]。後見人は六代目山口組竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)で、その名代として四代目弘道会野内正博組長が列席した[51]。
2025年12月9日、兵庫県公安委員会は弘道会野内正博会長(野内組初代)に対し、特定抗争指定暴力団神戸山口組との抗争事件で刑期を終えた傘下組織組員に出所祝いなどを与えることを禁ずる「称揚等禁止命令」を出した[52]。兵庫県警暴力団対策課によると、命令では放免祝いや功労金などの名目を問わず、金品などを与えることを禁止し、組織内で昇格させることも禁ずる[52]。命令は暴力団対策法に基づき、効力は出所から5年まで[52]。兵庫県公安委員会は六代目山口組司忍組長にも2022年5月と2023年6月に、「称揚等禁止命令」を発出している[53]。
二代目野内組
2025年10月7日、十一代目平井一家本部で四代目弘道会二代目野内組「盃直し儀式」が行われた[54]。取持人は四代目弘道会南正毅若頭(三代目高山組組長)、特別後見人を四代目弘道会野内正博会長(初代野内組組長)が務めた[54]。
歴代組長
- 初代:野内正博(1966年〈昭和41年〉1月9日生(60歳)[55])2025年9月8日に四代目弘道会会長就任、9月10日に六代目山口組直参昇格[2]。
- 弘道会髙山組では切り込み隊長として矢面に立った[5]。
- 人望も厚く組員の面倒見もよいといわれている[56]。
- 京都刑務所に収監されていた時、まさに“武士”と呼ぶにふさわしい別格の存在だったとされている[4]。受刑者だけでなく、刑務官からも敬意を払われていた[4]。
- 六代目山口組の中でも武闘派として知られている[42]。
- 神戸山口組分裂抗争のさなか、三代目弘道会の中でも先頭に立ち、その名を全国に轟かせた[18]
- 2026年12月13日、六代目山口組事始め式の前に盃儀式が行われ、司忍六代目組長と親子盃を交わした[57]。
- 2026年3月11日付で、六代目山口組幹部に昇格した[58][59]。
- 東声会小澤達夫会長が、稲川会、住吉会、極東会、双愛会、松葉会、中国や四国地方の団体に襲名披露の挨拶を行った際に、六代目山口組野内正博幹部(四代目弘道会会長)が六代目山口組竹内照明若頭(四代目弘道会総裁)の名代として同行した[60]。
- 二代目旭琉會糸数真会長と兄弟分といわれている[61][62]。
- 二代目:北村和博
- 野内正博初代と中学生の時から行動を共にしてきた[54]。
初代組織図
二代目組織図
組長 北村和博(二代目川合組組長)