豪友会
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初代体制
- 1961年(昭和35年)8月、三代目山口組系中井組組員・中山勝正は、統率する白タク組織の「自動車愛好会」を豪友会に改称した。
- 1970年(昭和45年)、高知市内に尾道・俠道会が傘下組織として高知支部を設立した。豪友会とはすぐに対立関係となり、抗争に発展。
- 1978年(昭和53年)に、尾道・俠道会系池澤組幹部が豪友会組員に拉致され、殺害される事件が発生。
二・三代目体制
- 1985年(昭和60年)、中山勝正初代が一和会系組員の襲撃を受け急逝し、二代目会長を岡崎文夫が継承した。
前述の経緯もあり、岡崎率いる二代目豪友会は『山一抗争』では報復戦に積極的に関与した。特にかつての上部団体である中井組が山口組を離脱して一和会に参加しており、1985年中は、双方の間で事務所への発砲や組員の射殺といった攻防が展開された[注 1]。 - 同年3月2日、岡崎二代目が火薬類取締法違反及びに凶器準備集合罪などで逮捕され、後に起訴される。その後、1986年(昭和61年)6月に引退した。
- 1986年(昭和61年)6月、岡崎二代目に代わり、池本審が三代目会長となった[2]。
- 1992年(平成4年)6月、病気を理由に池本三代目は引退した。
四・五代目体制
- 1992年(平成4年)、山内鐘吉が四代目を継承する。
- 1993年(平成5年)9月、五代目山口組組長・渡辺芳則の組長秘書に抜擢された。
- 2005年(平成17年)2月に山内四代目は引退し、山本克博若頭に跡目を譲った。
- 2014年(平成26年)2月に山本五代目が引退したことに伴い、六代目体制に移行した。
六代目体制
歴代会長
組織
- 会長 - 加藤徹次(1966年〈昭和41年〉2月21日生(59歳)[7] 六代目山口組若頭補佐[7])東海・中部ブロック長代理[8]
- 会長代行 - 土居学令(旭成会会長)
- 会長補佐 - 森本茂雄(大龍会会長)
- 若 頭 - 真鍋芳典(五代目坂井組組長)
- 本部長 - 高野志郎(克心会会長)
- 統括委員長 - 岡山一仁(八代目中津川組組長)
- 若頭補佐 - 池田 以智郎
- 若頭補佐 - 嶋崎 恵
- 若頭補佐 - 和泉利幸(三代目誓心会会長)
- 副会長 - 刈谷俊也(二代目誠龍会会長)
- 副会長 - 大塚和仁(和仁興業会長)
- 舎弟 - 片岡茂男(心誠会会長)
- 幹部 - 竹﨑信介
- 幹部 - 山口耕司(明道會会長)
- 若中 - 西村竜也
- 若中 - 宮下 聡(勝仁会会長)
- 若中 - 寒川健治
- 若中 - 柴崎勝利