銘苅淳
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| アルバモス大阪高石 | |||||||||||||||||||||||||
| 役職 | 監督 | ||||||||||||||||||||||||
| 所属リーグ |
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| 基本情報 | |||||||||||||||||||||||||
| 国 |
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| 出身地 | 沖縄県浦添市 | ||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1985年4月3日(40歳) | ||||||||||||||||||||||||
| 身長・体重 | 184 cm | ||||||||||||||||||||||||
| 利き腕 | 右 | ||||||||||||||||||||||||
| 出身 |
沖縄県立那覇西高等学校 筑波大学 | ||||||||||||||||||||||||
| ポジション | CB | ||||||||||||||||||||||||
| ユース | |||||||||||||||||||||||||
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| 所属クラブ | |||||||||||||||||||||||||
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| 監督歴 | |||||||||||||||||||||||||
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| 代表歴 | |||||||||||||||||||||||||
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| 受賞歴 | |||||||||||||||||||||||||
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銘苅 淳(めかる あつし、1985年4月3日 - )は、沖縄県浦添市出身の元ハンドボール選手。 現在は日本ハンドボールリーグ(リーグH)のアルバモス大阪高石で監督を務めている。
実業団入り前
浦添市立港川中学校時代は2000年の第9回JOCジュニアオリンピックカップでオリンピック有望選手に選出[1]。中学卒業後は沖縄県立那覇西高等学校へ進学した。
高校卒業後は筑波大学へ進学。2006年の関東学生ハンドボール・春季リーグで特別賞を受賞した[2]。
2007年は春季リーグ・秋季リーグで優秀選手賞を受賞[3][4]。全日本学生ハンドボール選手権大会(インカレ)では優秀選手に選ばれた[5]。
日本リーグ時代
2008年に日本ハンドボールリーグのトヨタ車体へ加入。同年7月には第19回男子世界学生ハンドボール選手権大会の日本代表U-24に選出[6]。帰国後に第13回ヒロシマ国際ハンドボール大会の日本代表に選ばれた[7]。
2009-10年シーズンでは7mスローでリーグトップの28点を記録。同シーズンのプレーオフ決勝では大同特殊鋼に敗れたものの、計11得点(7mスローは4得点)を記録[8]し、殊勲選手賞に選出された[9]。
2011-12年シーズン終了後、故障などからチーム構想外となり海外移籍を決意した[10]。
ハンガリー時代
2012年にハンガリーのケチケメートSEへ移籍したが、開幕直後にチームが資金難に陥り[11]、10月にツェグレードKKSEへ移籍した。2012-13年シーズンはリーグ最多の119得点を記録したが、シーズン途中で前所属のケチケメートが破産でリーグを離脱したため、得点の記録は認められなかった[11]。
2013年7月に同リーグのジェンジェジュへ移籍[11]。2014年には1部のバルマジュイヴァーロシュへ移籍し、レギュラーシーズンではリーグ最多の120得点を記録した[12]。
2015年に1部Bリーグ(2部)のニーレジハーザKCへコーチ兼任選手として移籍[13]。
2016年2月に1部のメゼーケベジュドへ移籍した。
スペイン時代
2016年8月にスペイン・リーガASOBALのアンヘル・ヒメネス・アヴィア・プエンテ・ヘニルへ移籍[14]。
日本リーグ復帰
2017年10月16日に日本ハンドボールリーグの北陸電力と契約したことが発表された[15][16]。
2019-20年シーズンから選手兼任コーチに就任。
現役引退後
2020年に現役を引退し、4月からオムロンのアシスタントコーチに就任[17]。
2021年から関西学院大学男子ハンドボール部のコーチに就任。10月には大阪府堺市にハンドボールチーム「TeToTeおおさか堺」の立ち上げに参加。取締役兼監督に就任した[18]。
2023年3月の株主総会と取締役会にてTeToTeの取締役と監督を解任[19]。その後はTeToTeのGMだった小坂哲英と共に「アルバモス高石」を創設し、監督に就任[20]。日本リーグに新規参入申請を申し込み、同年9月に承認された[21]。
詳細情報
年度別成績
| 年 | リーグ | チーム | 試合 | フィールド 得点 |
率 | 7m | 合計 | 警告 | 退場 | 失格 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2007-08 | JHL | トヨタ車体 | 4 | 11/17 | .647 | 0/0 | 11/17 | 1 | 2 | 0 |
| 2008-09 | 16 | 32/58 | .552 | 5/6 | 37/64 | 1 | 3 | 0 | ||
| 2009-10 | 14 | 44/82 | .537 | 28/31 | 72/113 | 2 | 4 | 0 | ||
| 2010-11 | 13 | 19/37 | .514 | 10/15 | 29/52 | 1 | 1 | 0 | ||
| 2011-12 | 13 | 12/16 | .750 | 0/0 | 12/16 | 1 | 0 | 0 | ||
| 2016-17 | ASOBAL | アンヘル・ヒメネス | 27 | 15/28 | .536 | 6/7 | 21/35 | - | ||
| 2017-18 | JHL | 北陸電力 | 12 | 23/50 | .460 | 0/0 | 23/50 | 3 | 3 | 0 |
| 2018-19 | 24 | 3/5 | .600 | 0/0 | 3/5 | 1 | 2 | 0 | ||
| JHL:7年 | 96 | 144/265 | .543 | 43/52 | 187/317 | 10 | 15 | 0 | ||
- 各年度の太字はリーグ最高
タイトル・表彰
日本ハンドボールリーグ
- 殊勲選手賞:1回 (2009年)
- 7mスロー得点賞:1回 (2009年)
代表歴
日本代表
大会別成績
| 年 | 大会 | 対戦国 | フィールド 得点 |
率 | 7m | 合計 | 警告 | 退場 | 失格 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2017年 | 世界選手権 | 1/3 | .333 | 0/1 | 1/4 | 0 | 0 | 0 | |
| 2/5 | .400 | 0/0 | 2/5 | 0 | 1 | 0 | |||
| 0/1 | .000 | 1/2 | 1/3 | 0 | 0 | 0 | |||
| 0/0 | - | 0/0 | 0/0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 3/3 | 1.000 | 0/0 | 3/3 | 0 | 0 | 0 | |||
| 4/4 | 1.000 | 0/0 | 4/4 | 0 | 2 | 0 | |||
| 0/0 | - | 0/0 | 0/0 | 0 | 0 | 0 |
日本代表U-24
- 世界学生選手権 (2008年)
日本代表U-21
- ジュニアアジア選手権 (2004年)