長沢駿

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愛称 シュン
カタカナ ナガサワ シュン
ラテン文字 NAGASAWA Shun
国籍 日本の旗 日本
長沢 駿
名前
愛称 シュン
カタカナ ナガサワ シュン
ラテン文字 NAGASAWA Shun
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1988-08-25) 1988年8月25日(37歳)
出身地 静岡県静岡市清水区
身長 192cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 京都サンガF.C.
ポジション FW(CF)
背番号 93
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2007-2015 清水エスパルス 31 (5)
2011 ロアッソ熊本loan 33 (8)
2012 京都サンガF.C.(loan) 14 (1)
2013 松本山雅FC(loan) 32 (3)
2015-2018 ガンバ大阪 73 (22)
2018 ヴィッセル神戸(loan) 5 (1)
2019-2020 ベガルタ仙台 64 (16)
2021-2024 大分トリニータ 105 (21)
2025- 京都サンガF.C. 22 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月8日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

長沢 駿(ながさわ しゅん、1988年8月25日 - )は、静岡県静岡市出身のプロサッカー選手Jリーグ京都サンガF.C.所属。ポジションはフォワード(センターフォワード)。

プロ入り前

小学生の頃から長身フォワードとして頭角を現し選抜チーム清水FCのストライカーであった。地元の清水エスパルスジュニアユースに入団し、ジュニアユース時代にはフォワードではなくボランチとしてプレーした。ユースの2年時、Jユースサハラカップ2005で優勝し自身は得点王に輝いた。

清水エスパルス

2007年にトップ昇格するも2010年までの4年間はほとんど出場機会を得られなかった。2011年、ロアッソ熊本期限付き移籍しリーグ戦8得点を記録。その後は2012年に京都サンガF.C.、2013年に松本山雅FCへ期限付き移籍し出場機会を積んだ。

2014年に清水に復帰。開幕戦から先発出場機会を得て、公式戦5戦連続ゴールを記録するなど活躍を続けていた矢先の4月19日、J1第8節・徳島戦で右膝前十字靭帯断裂(全治8ヶ月)の大怪我を負い戦線離脱。当初はシーズン中の復帰が絶望視されたが[1]、J1第33節・戦で途中出場から公式戦復帰を果たし、更にはゴールも記録した[2]

ガンバ大阪

2015年7月8日、プロ入り時の清水の監督であった長谷川健太が率いるガンバ大阪に完全移籍で加入[3]。長沢は清水の選手として同年のJリーグカップに出場していたため、移籍後は同大会に出場することはできなかった[4]。加入当初はほとんど出場機会がなかったが、J1.2nd第14節・浦和戦で移籍後初ゴールを決めると、初の先発出場となったCS決勝第1戦では試合には敗れるも先制ゴールを決めた。天皇杯準々決勝・鳥栖戦、準決勝・広島戦ではいずれも途中出場でダメ押しゴールを決める活躍を見せた。

2016年シーズンは開幕から主に先発出場を続けるも、5月26日の練習中に左大腿ハムストリング肉離れを起こしチームを離脱[5]。復帰後は交代出場がメインとなったが、8月に出場時間130分で4得点の成績を収めたほか、J1・2nd第10節・湘南戦でのボレーシュートによるゴールが評価され、同月度の月間MVPと月間ベストゴールを受賞した[6]。終盤戦では再び先発に返り咲きリーグ戦通算で9得点を記録、日本代表監督のヴァイッド・ハリルホジッチから会見で「長沢という選手も私から挙げさせてほしい。この選手も面白い選手だ」と名前を挙げられるなど[7] 飛躍の一年となった。

2017年は自身初のリーグ戦全試合出場、シーズン2桁得点を達成した[8]

2018年はルヴァンカップにおいて、4月4日のグループステージ第3節・名古屋戦で1試合4得点(ハットトリック)を達成するなど、得点ランキング首位の7得点を記録する活躍を見せたが[9]、リーグ戦では1ゴールにとどまった。

ヴィッセル神戸

2018年夏の移籍期間にて、G大阪が獲得オファーを出していたヴィッセル神戸渡邉千真の交換相手として神戸側が長沢を要求。それをG大阪側が承諾[10] し8月13日、神戸への期限付き移籍加入が発表された[11]

移籍後2試合目の出場となった8月26日のJ1第24節・横浜FM戦では、元スペイン代表アンドレス・イニエスタの浮き球パスを外したシーンをスペインメディアの「アス」にネガティブな形で取り上げられた[12]。翌節・札幌戦で移籍後初ゴールを記録したが、神戸での得点はこの1点のみに終わり、10月以降は公式戦出場機会も無かった。

ベガルタ仙台

2019年、ベガルタ仙台に完全移籍で加入[13]。2年間でリーグ戦64試合に出場し、1年目は7得点、2年目は9得点といずれもチームトップの成績を残したほか、2020年11月14日の第27節・G大阪戦ではハットトリックの活躍を収め、最下位に沈んでいたチームをリーグ戦18試合ぶりの勝利に導いた[14]

大分トリニータ

2021年、大分トリニータに完全移籍で加入[15]。シーズン序盤戦こそコンスタントに得点を続けたが、次第に戦術の変化や不慣れなポジションを任された影響で途中出場の割合が増加。リーグ戦4得点にとどまった[16]

2022年はチームの降格に伴い、自身9年ぶりのJ2でのプレーとなった。負傷の影響もあり公式戦26試合出場にとどまったが、3年ぶりに公式戦2ケタ得点(11点)をマークするなど結果を残した[17]。中でも9月24日のJ2第38節・甲府戦では59分に途中出場から約2ヶ月ぶりに公式戦復帰を果たすと、1-1で迎えた試合終了間際に決勝点となるゴールを決める活躍を見せた[18]

2023年シーズンをもって契約満了となったが[19]、2024年1月21日に大分との再契約が発表された。なお、前年まで着用していた背番号20はルーキーの木許太賀が使用するため、背番号は93に変更となった[20]。同シーズンは6得点をあげチームトップスコアラーとして活躍。しかし同年11月20日、再び契約満了が発表され大分を退団する事となった[21]

京都サンガF.C.復帰

2025年、京都サンガF.C.に加入。自身4年ぶりのJ1でのプレー、及び13年振りの京都復帰となった[22]

人物・エピソード

  • 2012年1月6日に静岡県在住の女性と入籍[23]
  • 2024年に大分と再契約した際の背番号93は、清水FCでサッカーを始めた頃に背負っていた番号[24]

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2007清水31J110000010
200800002020
200920502031101
201010302161
2011熊本9J2338-10348
2012京都14141-10151
2013松本20323-00323
2014清水9J11042210136
201514120-161
G大阪2042-4284
201621942212712
2017341041314112
20181417710228
神戸5051--51
2019仙台3831763203910
20202033910-349
2021大分3242131376
2022J223823002511
2023223-00223
2024932861000296
2025京都J12232020263
2026J1特別--
通算日本J1 22751351625728774
日本J1特別 --
日本J2 15229332015732
総通算 379803819277444106

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 期間通算
出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 期間通算
2016G大2320J31010
通算日本J3 1010
総通算 1010
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2016G大阪2040
201763
通算AFC 103

その他の国際大会

出場歴

タイトル

クラブ

清水エスパルスユース
ガンバ大阪

個人

  • J1・月間MVP2016年8月)
  • J1・月間ベストゴール(2016年8月)
  • Jユースカップ・得点王(2005年)

脚注・出典

関連項目

外部リンク

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