鈴木義宜
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 愛称 | ノリ[1][2] | |||||
| カタカナ | スズキ ヨシノリ | |||||
| ラテン文字 | SUZUKI Yoshinori | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1992年9月11日(33歳) | |||||
| 出身地 | 宮崎県宮崎郡佐土原町(現:宮崎市)[3] | |||||
| 身長 | 184cm[4] | |||||
| 体重 | 72kg[4] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
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| ポジション | DF(CB) | |||||
| 背番号 | 50 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2005-2010 |
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| 2011-2014 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2015-2020 |
| 221 | (6) | |||
| 2021-2023 |
| 95 | (5) | |||
| 2024- |
| 62 | (1) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2026年2月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
鈴木 義宜(すずき よしのり、1992年9月11日 - )は、宮崎県宮崎郡佐土原町(現:宮崎市)出身のプロサッカー選手。Jリーグ・京都サンガF.C.所属。ポジションはディフェンダー(センターバック)。マネジメント会社はアスリートプラス[5]。
プロ入り前
広瀬SSS・宮崎日本大学中学校・高等学校を経て2011年に宮崎産業経営大学に進学。1年次から先発の座を掴み天皇杯にも3度出場を果たした。4年次にJ2・大分トリニータの特別指定選手となった[6]。
大分トリニータ
2015年、大分に正式加入。当時の強化・育成部長であった柳田伸明からは「守備やカバーリングの技術に長けており、どんな試合でも安定して力を発揮できる」と評された[7]。新人ながら開幕戦・讃岐戦のスターティングメンバーに抜擢された[8]。同年は主にセンターバックの位置でレギュラーとして40試合に出場。しかし、チームのJ2残留を懸けて臨んだJ2・J3入れ替え戦・第1戦にて退場処分を受け、ホームで行われた第2戦は出場停止となった。その試合を0-1で落とした大分はJ3降格となった。
2016年、J3に降格した大分に残留。前年に引き続きセンターバックのスタメンとして全試合に先発出場。J2昇格の懸かった最終節・鳥取戦でダメ押しとなる4点目を決めるなどJ3優勝に貢献した。同年12月に開催されたJリーグアウォーズにおいて、MYアウォーズのJ3部門ベストイレブンに選出された[9]。オフには名古屋グランパスより正式オファーを受けたと報道されたが[10]、大分に残留した。
再びプレーの場をJ2に戻した2017年、副キャプテンに就任[11]。システムも昨季までの4バックから3バックへと変更されたが、主に右センターバックとして[12]2年連続で全試合出場を果たした。目標に掲げた「リーグ戦5得点」[13]には届かなかったものの、記録した3得点は全て当試合での決勝点となった。
2018年も昨季に引き続き、副キャプテンを務めた[14]。ポジションを3バックの中央に移したが[15]、この年も全試合フルタイム出場を達成。守備陣の統率役としてチームの6年振りのJ1昇格に貢献した[15]。
2019年、キャプテンに就任[16]。自身初のJ1でのプレーとなったが、3年連続でリーグ戦全試合フルタイム出場を達成。プロ入り後初めて無得点に終わったが、2位に22回差を付けるリーグ1位の53回のシュートブロックを記録するなど、躍進した大分の守備を支えた[17]。
2020年も開幕からフルタイム出場を続け、8月23日のJ1第12節・柏戦にてJリーグ通算200試合出場を達成した[18]。しかし12月9日のJ1第27節・柏戦で頭部打撲の負傷を負った影響で、翌第32節・札幌戦にてリーグ戦では実に5年半振りのメンバー外となり、J3時代の2016年途中から続いていた連続フルタイム出場も166試合でストップした[19]。
清水エスパルス
2021年、清水エスパルスに完全移籍[20]。移籍初年度から権田修一、竹内涼と共にキャプテンに就任[21]。開幕戦から先発の座を掴むと、3月21日のJ1第6節・柏戦にてJ1初得点を記録した[22]。しかし、6月6日のJリーグカップPOステージ第2戦・鹿島戦の試合中にチームメイトの中村慶太と交錯し負傷交代。全治未定の頭蓋骨骨折と診断されたが[23]、9月5日に行われたJエリートリーグの横浜F・マリノス戦で公式戦復帰を果たした[24]。
2022年はキャプテンから一旦降りたが、チームがJ2に降格した2023年に再びキャプテンに就任した[25]。
京都サンガF.C.
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2011 | 宮崎産経大 | 26 | - | - | - | 2 | 0 | 2 | 0 | ||
| 2012 | 3 | - | - | 1 | 0 | 1 | 0 | ||||
| 2013 | - | - | 1 | 0 | 1 | 0 | |||||
| 2015 | 大分 | 15 | J2 | 40 | 1 | - | 3 | 0 | 43 | 1 | |
| 2016 | 5 | J3 | 30 | 1 | - | 2 | 0 | 32 | 1 | ||
| 2017 | J2 | 42 | 3 | - | 0 | 0 | 42 | 3 | |||
| 2018 | 42 | 1 | - | 0 | 0 | 42 | 1 | ||||
| 2019 | J1 | 34 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 36 | 0 | ||
| 2020 | 33 | 0 | 1 | 0 | - | 34 | 0 | ||||
| 2021 | 清水 | 50 | 22 | 2 | 5 | 0 | 0 | 0 | 27 | 2 | |
| 2022 | 33 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 | 37 | 1 | |||
| 2023 | J2 | 40 | 2 | 1 | 0 | 1 | 0 | 42 | 2 | ||
| 2024 | 京都 | J1 | 25 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 27 | 0 | |
| 2025 | 37 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 40 | 1 | |||
| 2026 | J1特別 | - | - | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 184 | 4 | 9 | 0 | 8 | 0 | 201 | 4 | |
| 日本 | J1特別 | - | - | ||||||||
| 日本 | J2 | 164 | 7 | 1 | 0 | 4 | 0 | 169 | 7 | ||
| 日本 | J3 | 30 | 1 | - | 2 | 0 | 32 | 1 | |||
| 日本 | 他 | - | - | 4 | 0 | 4 | 0 | ||||
| 総通算 | 378 | 12 | 10 | 0 | 18 | 0 | 406 | 12 | |||
- 2014年は特別指定選手としての出場は無し(背番号30)
- その他公式戦
- 2015年
- J2・J3入れ替え戦 1試合0得点
- 2023年
- J1昇格プレーオフ 2試合0得点