陳春
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陳春の生年は、曾孫の陳法子(615年 - 680年)より三世代前であるため、陳法子の生年である615年を基準に、60歳から90歳ほど年長とすると、525年から555年の間に生まれと推定される。したがって、陳春が「太学正」に任命された時期は「恩率」のような高位官に上り詰めた40歳前後であるため、565年から595年の間と推定される[2]。
中国で出土した陳春の曾孫の陳法子の墓誌によって陳氏一族の出自と活動が詳らかになっている[2]。陳氏の先祖は、2世紀末の黄巾の乱を避けて中国から朝鮮に移住した中国系移民集団であり、陳氏一族は熊津に定住していたが、漢城百済の崩壊後の百済の熊津遷都後に一族が頭角をあらわし、主に百済政府の外交と教育で活躍した。