隅谷守男
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日本人で初めて鈴鹿サーキットで2分30秒を破り、マイク・ヘイルウッドの持つコースレコードを破ったホンダRSC契約ライダー[1]。
鈴鹿サーキットのS字コーナーからダンロップコーナーまでの切り返しを逆操舵走法でマシンを操り、ストレートで抜かれても、S字までには抜き返すという走行技術でホンダのホームグラウンドである鈴鹿で絶大な人気を誇った。
軽量高出力の2サイクルワークスマシンに対し、市販車ベースの非力なSOHC4サイクルマシンで前述のコーナリング技法を駆使して対抗し、特に、カワサキワークスの和田正宏との戦いは、デッドヒートとして多くのロードレースファンを魅了した。
2025年、MFJモーターサイクルスポーツ殿堂顕彰。[2]
所属
- 1961年 - 1963年 : 明和会オートバイ部
- 1964年 - 1969年 : ブルーヘルメットMSC
- 1970年 - 1975年 : ホンダRSC契約テクニカルスポーツ所属
主な成績
年譜

- 1961年(昭和36年)本田技研工業株式会社・埼玉製作所(和光)に入社、明和会オートバイ部よりレースに参加。
- 1964年(昭和39年)研究所のブルーヘルメットMSCからスクランブル・ダート・モトクロス・ロードレースと幅広く参戦した。頭角を現し始めたのは、1965年(昭和40年)MFJ第一回鈴鹿ロードレース大会350ccクラスでの優勝。
- 1966年(昭和41年)株式会社本田技術研究所に籍を移す。
- 1967年(昭和42年)鈴鹿10時間耐久ロードレース大会2位。
- 1968年、1969年[7]、1970年の鈴鹿10時間耐久ロードレース大会3連覇をペア菱木哲哉と達成した。
- 1969年(昭和44年)全日本選手権シリーズでセニア125ccと251以上の2クラスのチャンピオンを獲得し、ヨーロッパ視察派遣選手になる。
- 1969年年末 ホンダRSC契約テクニカルスポーツ所属.
- 1970年(昭和45年)2度の渡欧 イギリスでレース出場 6月マロリーパーク en:Mallory_Park CB350 6位、9月マロリーパーク CB750 リタイヤ(中村良夫同行)。
- 1971年(昭和46年)3月CB500Fourが市販車となり、それをベースにRSC-CB500改にて、9月日本GPに初登場し3位。
- 1972年(昭和47年)4月全日本選手権第一戦鈴鹿ロードレース大会で、ロードレース界の悲願であった鈴鹿2分30秒の壁を日本人として初めて破って優勝を果たした。続く、6月の全日本第二戦鈴鹿大会では、レース6周目に2分28秒7の新記録を樹立しての圧勝優勝。この記録で、マイク・ヘイルウッド/MV350ccが1965年10月に樹立した2分28秒9の鈴鹿コースレコードを塗り変えた。さらに10月の日本GPでは、予選で2分27秒7の新記録を塗り替えてポールポジションを獲得し、レースでも圧勝優勝。グランプリライダーの鈴鹿レコードタイムを塗り替えて、日本のオートバイロードレース界が新たな段階に入った事を実証し、希望を与えてくれた。
- 1973年(昭和48年)3月デイトナ200マイルレースに出場、予選35位、決勝6位、日本人デイトナ初入賞(中村良夫同行)。4月全日本選手権第2戦鈴鹿、カワサキ和田正宏とのデッドヒートを制し優勝(4in1マフラー、スリックタイヤ)。
- 1974年(昭和49年)10月 全日本選手権第6戦鈴鹿日本GP3位。
- 1975年(昭和50年)9月9日 フランス・ルマン・ブガッティ・サーキットCB500R (750cc) 耐久車にてボルドー24時間耐久レースに向けた練習中のミューゼアム(MUSEUM)コーナーにて転倒により他界。
戦績
| 西暦 | 和暦 (昭和) | 年齢 | 日付 | 内容 |
|---|---|---|---|---|
| 1963 | 38 | 19 | 3月 | 第1回アマチュア耐久ロードレース リタイヤ CB72 |
| 6月9日 | 第1回ダートトラックレース 5位 CL72 | |||
| 9月15日 | MFJグランドレース 250cc 5位 | |||
| 1964 | 39 | 20 | 4月12日 | モトクロス日本グランプリ(相馬ヶ原) 250cc 6位 |
| 5月10日 | 第1回東日本熱海モトクロス大会 250cc 10位 | |||
| 1965 | 40 | 21 | ジュニアライセンス取得(グリーンスタンプ:全ての競技に出場可能) | |
| ※この時のMFJライセンスは、セニア(インターナショナル)・ジュニア(グリーン・レッド)・アマチュアの各クラス | ||||
| 1月 | TMAスクランブルス 250cc 1位 | |||
| 5月3日 | 第1回MFJジュニアロードレース(鈴鹿) 350cc(CB77)優勝 | |||
| 7月31日 | 鈴鹿24時間耐久ロードレース (CB77) リタイヤ | |||
| 9月12日 | 第2回MFJジュニアロードレース(鈴鹿) 350cc 3位 | |||
| 10月24日 | 第3回MFJジュニアロードレース(鈴鹿) 350cc 7位 | |||
| 不明 | 第3回全日本ダートトラックレース大会 250cc 2位 | |||
| 1966 | 41 | 22 | 6月18日 | 浜松グランドレース ジュニア251cc 3位 |
| 11月6日 | ジュニア選手権鈴鹿ロードレース 350cc 12位 | |||
| 1967 | 42 | 23 | 4月 | 埼玉モトクロス ジュニア250cc 1位 |
| 4月12日 | 第13回スピードスクランブル ジュニア250cc 1位 | |||
| 8月13日 | 全日本選手権鈴鹿12時間耐久ロードレース セニア251cc 2位 | |||
| 10月29日 | 全日本選手権鈴鹿ロードレース セニア251cc以上 2位 | |||
| ロードレースランキング セニア251cc 2位 | ||||
| モトクロスランキング ジュニア250cc 13位 | ||||
| 1968 | 43 | 24 | 4月21日 | 全日本選手権第2戦鈴鹿ロードレース セニア251cc 2位 |
| 8月15日 | 全日本選手権鈴鹿10時間耐久ロードレース ジュニア・セニア251cc 優勝 CB450 | |||
| 10月27日 | 全日本選手権第6戦鈴鹿ロードレース セニア251cc 3位 | |||
| ロードレースランキング セニア251cc 2位 | ||||
| 1969 | 44 | 25 | セニアゼッケン ロードレース No.14&11(日本GP) | |
| 4月13日 | 全日本選手権第1戦富士ロードレース セニア125cc 2位、251cc 2位 | |||
| 4月20日 | 全日本選手権第2戦鈴鹿ロードレース セニア125cc 1位、251cc 1位 | |||
| 5月18日 | モトクロス日本GP セニア90cc CL90 4位、セニア250cc HSQ250 リタイヤ | |||
| 6月29日 | 全日本選手権第3戦鈴鹿ロードレース セニア125cc 3位、251cc 1位 | |||
| 8月17日 | 全日本選手権第4戦鈴鹿10時間耐久ロードレース セニア251cc 1位 CB750Four | |||
| 10月19日 | 全日本選手権第6戦鈴鹿・日本GP セニア125cc 3位、251cc 1位 | |||
| ロードレースランキング セニア125cc チャンピオン | ||||
| ロードレースランキング セニア251cc チャンピオン | ||||
| 1970 | 45 | 26 | セニアゼッケン ロードレース No.1、モトクロス No.16 | |
| 4月19日 | 全日本選手権第1戦鈴鹿ロードレース セニア251cc 4位 CB350 | |||
| 6月14日 | イギリス・マロリーパーク 6位 CB350 (MFJ渡欧1回目) | |||
| 8月9日 | 全日本選手権第3戦鈴鹿10時間耐久ロードレース ジュニア・セニア251cc 1位 CB750Four | |||
| 9月20日 | イギリス・マロリーパーク リタイヤ CB750Four (渡欧2回目) | |||
| ロードレースランキング セニア251cc 8位 | ||||
| 1971 | 46 | 27 | セニアゼッケン ロードレース No.25 | |
| 8月8日 | 全日本選手権第4戦鈴鹿10時間耐久ロードレース CB750Four トラブル着外 | |||
| クロムウェルヘルメット、ブルースーツスタイル | ||||
| 10月16日 | 全日本選手権鈴鹿ロードレース第3回日本GP セニア251cc 3位 CB500改での初出場 | |||
| フルフェイス、ブルースーツスタイル | ||||
| 1972 | 47 | 28 | セニアゼッケン ロードレース No.3 | |
| FL750cc(フォーミュラ・リブレ)クラス新設 | ||||
| 4月30日 | 全日本選手権鈴鹿ロードレース セニア FL750cc CB500改 1位 30秒の壁破る 2'29"9 | |||
| 6月11日 | 全日本選手権鈴鹿ロードレース セニア FL750cc CB500改 1位 新記録樹立 2'28"7 | |||
| 10月15日 | 全日本選手権第6戦鈴鹿ロードレース 日本GP FL251cc CB500改 1位 新記録更新2'27"7 | |||
| 1973 | 48 | 29 | セニアゼッケン ロードレース No.1 | |
| RSC・隅谷スクール開校(鈴鹿) モトクロスライダー養成 | ||||
| 3月11日 | デイトナ200マイル6位入賞日本人初 CB750Four ホンダ最上位(予選35位) ホンダ勢:予選 Rレイマン23位、Sマクローリン26位 、優勝Jサーリネン予選12位 |
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| 4月29日 | 全日本選手権第2戦鈴鹿ロードレース FL750cc 優勝(スリックリヤタイヤ・4in1集合マフラー) カワサキH2R和田正宏選手とのデッドヒート |
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| 6月3日 | 全日本選手権第3戦鈴鹿ロードレース 4日前の転倒により不出場 | |||
| 10月21日 | 全日本選手権第6戦鈴鹿ロードレース 日本GP FL750cc リタイヤ | |||
| 1974 | 49 | 30 | セニアゼッケン ロードレース No.3 | |
| 4月28日 | 全日本選手権第1戦鈴鹿ロードレース FL750cc リタイヤ | |||
| 6月2日 | 全日本選手権第2戦鈴鹿ロードレース FL750cc 不出場 | |||
| 7月21日 | 全日本選手権第4戦鈴鹿ロードレース FL750cc リタイヤ(4in1マフラー) | |||
| 10月13日 | 全日本選手権第6戦鈴鹿ロードレース 日本GP FL750cc 3位 | |||
| 11月10日 | モトクロスGP谷田部大会視察 | |||
| 1975 | 50 | 31 | セニアゼッケン ロードレース No.15 | |
| 9月9日 | フランス・ルマンブガッティサーキットにてルマン24時間に向けての練習中(CB500R)、 ミューゼアム(MUSEUM)コーナーにて転倒 他界 享年31歳 |


