井筒仁康
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井筒 仁康(いづつ ひとやす、1971年3月20日 - )は、大阪府大阪市出身の元オートバイ・ロードレースライダー。2000年・2004年全日本ロードレース選手権チャンピオン[1]、2000年のスーパーバイク世界選手権SUGOラウンド優勝者[2]、2004年鈴鹿8時間耐久ロードレース優勝者[3]。
小学生の頃からオートバイに興味があり、高校時代に免許を取得はしてはいたが身近にレースの環境は無かった。大阪・松屋町のバイクショップでアルバイトをしていた際、初めてミニバイクレースを経験。その後中山サーキットを走っているという知人に付いていき初めてサーキットを走行、サーキットライセンスも取得した。同年代のミニバイクレース出身者と比べると、19歳という遅い年齢でのロードレース競技開始であった。この時、中山で乗っていた車両はホンダ・NSR250Rだった[6]。
本気でやるなら個人参戦では限界があるのでちゃんとしたチームに入った方がよいという知人からのアドバイスを受け、オートバイ雑誌に掲載されていたBEET JAPAN(日本ビート工業/大阪府)の「BEETクラブ・メンバー募集中」の記事を見て応募。するとBEETのマネージャーが中山サーキットに井筒の走りを見に来てくれることになり、これを契機にBEETクラブに入会する話が進行。その後BEETに勤務するようになった[6]。BEETではカワサキの4ストロークマシンZXR400に乗る事になり、当面の目標は夏恒例の『鈴鹿4時間耐久レース』となった。自身でも4ストローク車両の方が相性が良いと感じたと述べている。レースで徐々に頭角を現し、ZXRで1991年SUGO3時間耐久ポールポジション獲得[7]、1992年スーパーカップ・ウエスタンシリーズ総合チャンピオン獲得など実績を積んでいく。1993年には国際A級に昇格、マシンもZXR750とビッグバイクになり、全日本選手権のTT-F1クラスにステップアップ。A級初年度であったが、ランキング10位に食い込む。しかし1994年シーズンはシーズン序盤に足を骨折し入院、シーズン大半を棒に振る。
この入院中に後のレースキャリアを左右する転機があり、同じ時期にWGP250で負傷していた前年の世界王者・原田哲也と同じ病院だったため、それまでまったく面識がなかったが気が合い友人となった[6]。原田の古巣であるSP忠男レーシングに井筒を紹介してくれるなどパイプ役を務めてくれたこともあり、1995年はSP忠男よりエントリーし、型落ちではあったがTZ250を貸りて全日本250ccクラスに参戦する。しかし、2スト車両での自身の経験不足もあり、戦えるレベルのマシンセッティングにたどり着けず苦戦。この年の結果が悪く、翌年の参戦シートを探す状況となる。
1996年シーズン開幕に向けて、原田の仲介もありドゥカティで全日本スーパーバイククラスへ参戦する構想を持つチームと一度は話がまとまり、井筒は東京へ転居するなど準備していた。しかし、付くはずだったスポンサーの話が流れたため計画が頓挫し、開幕当初は乗るシートが無かった。トラックでの配送業に従事していたところ、チーム・ファンデーションのドゥカティで全日本スーパーバイククラスに参戦していた生見友希雄から「自分の仕事(水道工事)を手伝ってみるか?」と迎え入れられた。生見は自分のスペアカーで井筒がレース参戦できるよう便宜を図ってくれるなど、井筒にとって「足を向けては寝られない恩人」であると感謝を述べている[6]。
ファンデーションから参戦した時期は、ドゥカティ独自のフレーム剛性の柔らかさによってもたらされるコーナリング性能の高さに感銘を受け[6]、ビッグバイクでのライディングに対して自信を深めることができるなど充実の期間となったが、1997年をもってチーム・ファンデーションの全日本参戦終了が決まり、次のシートを獲得するために国内4大メーカーすべてに自身のシート獲得の可能性はないか打診するだけでなく、スーパーバイク世界選手権の現地まで単身渡欧し、TTサーキット・アッセン(オランダ)のパドックで現地のプライベートチームを訪ね就職活動するなど、地道かつ積極的なセルフプロデュース活動を行った[6]。
このリクルート活動は実を結び、1998年に開発テストライダーとしてカワサキワークス入り。マシン開発が任務であり、レース実戦は当初スポット参戦だったが、1999年に全日本フル参戦ライダーの一人に加わる。2000年にはカワサキのエースライダーとなり、全日本ロードレース最高峰クラスでシリーズチャンピオンを獲得。2001年-2002年のスーパーバイク世界選手権に参戦した。カワサキは世界グランプリの4スト化に伴って純レーサーマシン「ZX-RR」でのMotoGP参戦へリソースを集中する方針が決まり、スーパーバイクでのワークス参戦終了が決定。井筒との契約も終了となった[6]。
2003年、ホンダ・ワークス(HRC)と開発テストライダー契約、全日本選手権には桜井ホンダ、鈴鹿8耐にはワークスとして参戦する体制となる。2004年鈴鹿8耐を制し[8]、全日本スーパーバイクでも自身2度目となるチャンピオンを獲得。国内で獲得できるタイトルはすべて取り、海外レース参戦のチャンスをHRCに要望したが[6]、すでに海外のライダーで枠が埋まっている、それを代えてまで乗せてくれる欧州のチームはなかなか現れないなど壁に阻まれ念願適わなかった[6]。井筒曰く「ここから先の道が開かないとなって、命を張って走るような気持ちが出てこない。モチベーションが厳しくなった[6]」ため、レーサー引退を決断。トレーニングで親交のあった宮里ファミリーとの縁もあり、「宮里道場」でプロゴルファーを目指すと表明。
以後約4年は一切レースを見ずにゴルフに注力し、レース界から距離を置いていたが、岡田忠之に誘われ久々に全日本ロードレース選手権を見た際に若い参戦選手の意識の低さ、レースの杜撰さに危機感を感じ[6]、ロードレース界へ復帰する強い動機となった。2009年2月、カワサキ系チームである鶴田竜二率いる「トリックスター★レーシング」より5年ぶりにライダーとして復帰が発表され、「MFJ全日本ロードレース選手権JSBクラス」全戦と「鈴鹿300kmロードレース」、「世界耐久選手権鈴鹿8時間耐久ロードレース」に武石伸也と組んで参戦。この復帰参戦後は自身が勝つために走ることだけではなく、レース現場に戻りプロフェッショナルとしての姿勢を後進ライダーに見せ、伝えていくことで2輪ロードレースに貢献したいという危機感がモチベーションとなった[6]。
2011年は、交通事故で急逝した高橋江紀の代役として全日本ST600にRS-ITOHから参戦[9]。以後3シーズンに渡って台数の多い激戦区であるST600クラスに参戦した。
ゴルフでは2012年よりPGA日本プロゴルフ協会の会員となり、ティーチングプロとして活動[5]。東京・西麻布でインドアゴルフ施設「西麻布ゴルフ俱楽部」のマネージャーの任に付くなど[10]、ゴルフ事業を継続するのと並行して、2015年はRS-ITOHを母体としたチーム「Will Raize RS-ITOH」で全日本ロードレース・J-GP2クラスにフル参戦した[11]。
2018年からは監督業に軸足を移す[12]。「KRP三陽工業&RS-ITOH」でかつてのチームメイトでもある柳川明とともにライダーアドバイザーを務める。
レース戦績
- 1990年 - ロードレースデビュー
- 1992年 - ジュニア(国内A級)昇格
- 1993年 - 国際A級昇格 全日本選手権参戦開始
- 1998年 - カワサキ・ワークスと契約(開発テストライダー)、全日本ロードレース選手権スーパーバイク スポット参戦
- 1999年 - 全日本ロードレース選手権スーパーバイク ランキング11位(KRT/ZX-7RR)
- 2000年 - 全日本ロードレース選手権スーパーバイク チャンピオン(5勝/KRT/ZX-7RR)
- スーパーバイク世界選手権日本・SUGO大会 優勝(2ヒート優勝)
- 2001年 - 全日本ロードレース選手権 ランキング3位(2勝/KRT/ZX-7RR)
- 2002年 - スーパーバイク世界選手権 ランキング14位(KRT/ZX-7RR)
- 2003年 - ホンダ・ワークスと契約(開発テストライダー)、鈴鹿300km耐久ロードレース 優勝(宇川徹/VTR1000SPW)
- 2004年 - 全日本ロードレース選手権JSB1000 チャンピオン(1勝/桜井ホンダ/CBR1000RR)
- 鈴鹿8時間耐久ロードレース 優勝(宇川徹/セブンスター・ホンダ7/CBR1000RRW)
- 2009年 - 鈴鹿8時間耐久ロードレース 準優勝(武石伸也・鶴田竜二/トリックスター★レーシング/ZX-10R)
- 2016年 - 世界耐久選手権第1戦ボルドール24時間耐久ロードレース3位(E.ニゴン・出口修/ EVA RT TEST TYPE-01 TRICK STAR/ZX-10R)
- 2019年 - セパン8時間耐久ロードレース23位(伊藤和樹/柳川明/ KRP 三陽工業 & Will Raise RS-ITOH/ZX-10RR)
スーパーカップロードレース選手権
- スーパーカップ ウエスタンシリーズ
| 年 | チーム | マシン | クラス | 1 | 2 | 3 | 5 | 6 | 8 | 9 | GC | 10 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1992年 | BEET Racing | カワサキ・ZXR400R | SS400 | SUZ 2 |
TIA 1 |
HSR 1 |
SPA 1 |
SUZ 1 |
MIN 1 |
HSR |
TSU 1 |
SUZ |
1位 | 137 |
全日本ロードレース選手権
| 年 | チーム | マシン | 区分 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1993年 | BEET Racing | カワサキ・ZXR750 | 国際A級 | TT F1 | SUZ |
MIN 8 |
SUG 6 |
TSU 5 |
SEN C |
SUZ |
SUG |
FSW 11 |
SUZ 11 |
TSU 9 |
SUG |
TSU 9 |
10位 | 56 | ||
| 1994年 | カワサキ・ZXR750 | SB | SUZ |
MIN |
SUG |
TSU |
FSW |
SUZ |
SUG1 |
SUG2 |
SUZ1 |
SUZ2 |
TIA |
SUG1 |
SUG2 |
TSU |
- | 0 | ||
| 1995年 | SP忠男 R.T | ヤマハ・TZ250 | 国際 | GP250 | SUG |
TSU |
FSW |
SUZ |
SUG |
MIN |
SUZ |
TIA |
SUG |
SUZ |
- | 0 | ||||
| 1996年 | チーム・ファンデーション | ドゥカティ・916 | SB | SUZ |
SUG |
TSU 9 |
SUZ |
FSW |
SUG1 11 |
SUG2 5 |
MIN |
SUZ1 10 |
SUZ2 11 |
TIA 13 |
SUG |
14位 | 37 | |||
| 1997年 | ドゥカティ・916 | SUZ 7 |
SUG |
TSU 5 |
SUZ |
FSW 11 |
SUG |
MIN Ret |
SUZ1 8 |
SUZ2 Ret |
TSU |
TIA 10 |
SUG 7 |
12位 | 51 | |||||
| 1998年 | K.R.T | カワサキ・ZX-7RR | MOT 3 |
SUG - |
TSU - |
SUZ 8 |
MIN - |
SUZ 9 |
TSU 7 |
T I 4 |
SUG 12 |
8位 | 59 | |||||||
| 1999年 | カワサキ・ZX-7RR | MIN Ret |
SUG 4 |
TSU 7 |
SUZ Ret |
MOT 2 |
SUG Ret |
SUZ - |
TSU DNS |
T I 7 |
MOT Ret |
11位 | 48 | |||||||
| 2000年 | カワサキ・ZX-7RR | SUZ 7 |
MIN 4 |
TSU 1 |
SUZ 1 |
MOT 1 |
SUG 4 |
SUZ 1 |
TSU 1 |
SUG 5 |
T I 30 |
MOT 9 |
1位 | 181 | ||||||
| 2001年 | カワサキ・ZX-7RR | TSU Ret |
SUZ 3 |
MOT Ret |
MIN 4 |
SUG 2 |
SUZ 1 |
T I 5 |
SUG 1 |
SUZ 5 |
3位 | 121 | ||||||||
| 2003年 | 桜井ホンダRT | ホンダ・CBR954RR | JSB | SUZ 4 |
TSU 2 |
SUZ 3 |
MOT 9 |
A P Ret |
SUG 4 |
T I 4 |
4位 | 77 | ||||||||
| 2004年 | ホンダ・CBR1000RR | SUZ 2 |
A P 7 |
TSU 2 |
MOT 1 |
SUG 2 |
SUZ 4 |
T I 2 |
1位 | 110 | ||||||||||
| 2009年 | TRICK☆STAR Racing | カワサキ・ZX-10R | TSU DNS |
SUZ - |
A P 9 |
SUG 6 |
OKA 27 |
MOT 11 |
SUZ1 11 |
SUZ2 9 |
10位 | 65 | ||||||||
| 2011年 | RS-ITOH & ASIA | カワサキ・ZX-6R | ST600 | AP1 - |
AP2 - |
MOT Ret |
SUG DNQ |
OKA 9 |
SUZ 4 |
18位 | 33 | |||||||||
| 2012年 | カワサキ・ZX-6R | MOT 3 |
TSU 24 |
AP1 5 |
AP2 3 |
SUG 3 |
OKA 3 |
SUZ 3 |
3位 | 119 | ||||||||||
| 2013年 | カワサキ・ZX-6R | MOT 5 |
AP1 1 |
AP2 5 |
TSU DSQ |
SUG Ret |
OKA 3 |
SUZ 1 |
4位 | 105 | ||||||||||
| 2015年 | Will-Raise Racing RS-ITOH | カワサキ・ZX-6R | J-GP2 | A P 13 |
MOT 3 |
SUG Ret |
MOT 10 |
TSU C |
OKA Ret |
SUZ 7 |
11位 | 56 | ||||||||
| 2016年 | エヴァRT初号機 TRICK☆STAR | カワサキ・ZX-10R | JSB | SUZ 19 |
MOT - |
SUG - |
OKA1 - |
OKA2 - |
SUZ1 - |
SUZ2 - |
34位 | 12 | ||||||||
スーパーバイク世界選手権
- 斜体はファステストラップ。
鈴鹿8時間耐久ロードレース
| 年 | チーム | ペアライダー | 車番 | マシン | 予選順位 | 決勝順位 | 周回数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1993 | BEET ビジョンメガネ802 | 和泉美智夫 | 802 | カワサキ・ZXR750R | 13位 | 16位 | 197 |
| 1994 | BEETレーシング IPONE OIL | 和泉美智夫 | 17 | カワサキ・ZXR750R | 17位 | 10位 | 178 |
| 1996 | BEET IGOR R.T | 西嶋修 | 25 | カワサキ・ZXR750R | 19位 | 20位 | 204 |
| 1997 | チーム・ファンデーション | 鈴木誠 | 10 | ドゥカティ・916 | 11位 | 36位 | 163 |
| 1998 | カワサキ・レーシング・チーム | ニール・ホジソン | 2 | カワサキ・ZX-7RR | 3位 | 7位 | 209 |
| 1999 | 柳川明 | 2 | カワサキ・ZX-7RR | 2位 | 3位 | 212 | |
| 2000 | 柳川明 | 2 | カワサキ・ZX-7RR | 2位 | Ret | 169 | |
| 2001 | 柳川明 | 3 | カワサキ・ZX-7RR | 4位 | 21位 | 201 | |
| 2003 | セブンスター・ホンダ7 | 宇川徹 | 7 | ホンダ・VTR1000SPW | 4位 | Ret | 54 |
| 2004 | 宇川徹 | 7 | ホンダ・CBR1000RRW | 2位 | 1位 | 210 | |
| 2009 | TRICK STAR RACING | 武石伸也 鶴田竜二 |
5 | カワサキ・ZX-10R | 5位 | 2位 | 182 |
| 2012 | エヴァRT TEST TYPE-01 TRICK☆STAR | 芹沢太麻樹(オランダ語版) 出口修 |
01 | カワサキ・ZX-10R | 6位 | Ret | 207 |
| 2013 | エヴァRT TEST TYPE-01SynergyForce TRICK☆STAR | 芹沢太麻樹 出口修 |
01 | カワサキ・ZX-10R | 15位 | 12位 | 207 |
| 2014 | グレゴリー・ルブラン(フランス語版) 出口修 |
01 | カワサキ・ZX-10R | 16位 | 24位 | 161 | |
| 2015 | エヴァRT TEST TYPE-01 TRICK☆STAR | エルワン・ニゴン(フランス語版) 出口修 |
01 | カワサキ・ZX-10R | 8位 | 11位 | 199 |
| 2016 | エルワン・ニゴン 出口修 |
01 | カワサキ・ZX-10R | 14位 | 7位 | 213 | |
| 2017 | エヴァRT Webike TRICK☆STAR | エルワン・ニゴン グレゴリー・ルブラン |
10 | カワサキ・ZX-10R | 21位 | 14位 | 209 |
- 斜体はファステストラップ。
脚注
- ↑ 歴代チャンピオン2004 MFJ日本モーターサイクルスポーツ協会 (2025年4月15日閲覧)
- ↑ Japanese Local Izutsu Double Winner at Sugo WSB Motorcycle Dialy (2000年4月30日)
- ↑ リザルト:FIM2004Suzuka 8hours Endurance Road Race 鈴鹿サーキット (2004年7月25日)
- ↑ PGA会員紹介・井筒仁康 PGA日本プロゴルフ協会 (2012年1月1日)
- 1 2 PGAティーチングプロ井筒仁康の考え方 西麻布ゴルフ倶楽部 (2025年12月15日閲覧)
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 井筒仁康インタビュー 突っ込みハッチの独り言 (2025年12月9日)
- ↑ 「今年最後のビッグレース・菅生選手権最終戦第8回3時間耐久ロードレース 1周目に2秒以上後方を引き離した井筒」『レーシングヒーローズ No.59』ソニー・マガジンズ、1991年12月6日、107頁。
- ↑ 鈴鹿8耐でホンダがV8 Response (2004年7月26日)
- ↑ 井筒仁康が全日本ST600に参戦決定 スーパーバイク.jp (2011年5月26日)
- ↑ 井筒さんがマネージャーの西麻布ゴルフ倶楽部 加賀山就臣公式twitter (2012年4月3日)
- ↑ 井筒仁康が参戦発表、自身のチーム立ち上げ Mr.bike (2014年3月10日)
- ↑ 相棒再び、井筒仁康と柳川明の挑戦。 Mr.Bike (2019年4月24日)
全日本ロードレース選手権オーバー251cc/750cc/500cc/SB/JSB1000クラスチャンピオン | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| オーバー251ccクラス |
| ||||||
| 750ccクラス |
| ||||||
| 500ccクラス |
| ||||||
| SBクラス |
| ||||||
| JSB1000クラス (SB/S-NKとの混走) |
| ||||||
| JSB1000クラス |
| ||||||
鈴鹿8時間耐久ロードレース歴代勝者 | |
|---|---|
| 1970年代 |
|
| 1980年代 | |
| 1990年代 | |
| 2000年代 | |
| 2010年代 |
|
| 2020年代 | |
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