雄勝町水浜
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| 雄勝町水浜 | |
|---|---|
| 大字 | |
北緯38度30分2.527秒 東経141度28分36.325秒 / 北緯38.50070194度 東経141.47675694度座標: 北緯38度30分2.527秒 東経141度28分36.325秒 / 北緯38.50070194度 東経141.47675694度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 行政区 | 水浜区[1] |
| 地区 | 雄勝地区 |
| 人口情報(2025年4月30日現在[2]) | |
| 人口 | 79 人 |
| 世帯数 | 46 世帯 |
| 設置日 | 1889年(明治22年)4月1日 |
| 郵便番号 | 986-1321[3] |
| 市外局番 | 0225[4] |
| ナンバープレート | 宮城 |
| 運輸局住所コード[5] | 04501-1691 |
| 町字ID[6] | 0132000 |
雄勝町水浜(おがつちょう みずはま)は、宮城県石巻市雄勝地区にある大字であり、旧桃生郡南方水浜、旧桃生郡十五浜村大字水浜、旧桃生郡雄勝町大字水浜に相当する[7]。郵便番号は986-1321[3]。2024年(令和6年)2月時点では住居表示未実施[8]。住民基本台帳に基づく人口は79人、世帯数は46世帯(2025年4月30日現在)[2]。
小字
石巻市の東部、雄勝地区の中心部に位置する大字であり、東南で雄勝町分浜と、南で牡鹿郡女川町御前浜と、西から北にかけて雄勝町雄勝と接し、それ以外は太平洋に面する。水浜集落は南接する分浜集落と連続しており、行政区も分浜および波板集落とともに水浜行政区に属する[9][1]。3つの小字によって編成される大字であり、字水浜、字向、字小浜を擁する。
仙台法務局石巻支局の「石巻市登記所備付地図データ」(2025年10月5日時点)、デジタル庁公表のアドレス・ベース・レジストリの「宮城県町字マスターデータセット」(2025年5月28日時点)、東北運輸局公表の「東北運輸局宮城運輸支局住所コード表」(2024年11月1日時点)によれば、雄勝町水浜の小字は以下の通りである[10][5][6]。
| 町字ID | 大字 | 小字 | 出典 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 町字マスター | 運輸局コード | 登記 | |||
| 0132101 | 雄勝町水浜 | 字小浜 | ○ | ○ | ○ |
| 0132103 | 字向 | ○ | ○ | ○ | |
| 0132106 | 字水浜 | ○ | ○ | ○ | |
行政区
石巻市は世帯数及び人口の調査、世帯台帳の整備、市行政の周知、連絡、通知のための公文書の配布伝達を円滑に行うために、行政区を定めている[1]。石巻市の例規「石巻市行政委員規則」(2024年2月1日施行)によれば、雄勝町水浜と対応する行政区は以下の通りである[1]。
| 行政区 | 町・字 | |
|---|---|---|
| 大字 | 小字 | |
| 水浜 | 雄勝町水浜 | 全域 |
歴史
水浜の集落は中世には成立していたとされる[11]。雄勝町大浜の千葉家に伝わる「網の瀬祭(原文:阿み之せまつ里)」の祈祷料に関する応永31年(1424年)の古文書には「水浜」とあり、遅くとも応永期までには集落が成立していたとされる[11]。実際、水浜には鎌倉時代の古碑が存在している[12]。
1960年(昭和35年)5月24日、水浜にチリ地震による津波が来襲した[13]。従来、雄勝地区を襲った津波(三陸沖地震など)は雄勝湾北側の集落で大きな被害を出していた反面、水浜を含む湾南側では被害が少ないという傾向があったが、1960年のチリ地震津波では逆に水浜を含む湾南側の集落で甚大な被害が出た[14]。現に1933年(昭和8年)の昭和三陸地震では水浜における最高波高が1.7 mであったのに対し、チリ地震津波では最高波高2.5 mを記録した[15]。
2011年(平成23年)3月11日には東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が発生した。水浜ではほとんどの住宅が流され、住民らは閉鎖中であった旧水浜保育園などに避難した[16]。
沿革
- 明治元年12月12日 - 高崎藩取締地に属する[17]。
- 明治2年
- 明治3年9月28日 - 登米県に属する[17]。
- 明治4年11月2日 - 仙台県に属する[17]。
- 明治5年
- 1873年(明治6年)4月 - 雄勝小学校水浜分校が浮草庵に開設される[20]。
- 1874年(明治7年) - 第7小区小8区に属する[19]。
- 1878年(明治11年) - 郡区町村編成法施行[19]。小島浜・明神浜・雄勝浜・分浜と連合村を形成する[19]。
- 1884年(明治17年) - 小島浜・明神浜・雄勝浜・分浜・名振浜・船越浜・大須浜・熊沢浜・立浜・大浜・桑浜と連合村を形成する[19]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 桃生郡十五浜のうち水浜他11浜が町村制施行し、十五浜村成立[18][21]。水浜は十五浜村大字水浜となる[22]。
- 1901年(明治34年)5月 - 水浜分校が十五浜小学校第六分教場に改称[20]。
- 1915年(大正4年)4月 - 十五浜小学校第六分教場が雄勝小学校水浜分校に改称[20]。
- 1941年(昭和16年) - 十五浜村が町制施行し雄勝町が成立。十五浜村大字水浜は雄勝町大字水浜となる。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年) - 水浜港が第一種漁港の指定を受ける[26]。
- 1955年(昭和30年) - 水浜団地公営住宅完成[27]。
- 1960年(昭和35年)5月24日 - チリ地震による津波が来襲[13]。
- 1963年(昭和38年) - 分浜水浜簡易水道施設設置[26]。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 雄勝町が石巻市他5町と合併し、石巻市が成立。雄勝町大字水浜は石巻市雄勝町水浜となる。
