電位依存性ホスファターゼ

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電位依存性ホスファターゼ(でんいいぞんせいホスファターゼ、英語: voltage-sensing phosphatase、略:VSP[1]細胞膜膜電位の変化という電気信号をホスファターゼ活性という化学信号に変化させる膜タンパク質である。ホスファチジルイノシトール-3,4,5-トリスリン酸 PI(3,4,5)P3ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸 PI(4,5)P2などのホスファチジルイノシトールの3位や5位のリン酸基を脱リン酸化することができる。

分子系統学

VSPはヒトや齧歯類のPTENに類似するタンパク質として発見された[2]。当初はこのPTENに類似するタンパク質をコードする遺伝子はTPIPやTPTE、PTEN2などと呼ばれており、膜貫通領域を有することがPTENとは異なる点であることが指摘されていた[2]が、膜貫通領域が電位センサーであるとはまだ考えられていなかった[1]。その後、カタユウレイボヤ英語版にてこの発見とは別に膜貫通領域が電位依存性イオンチャネルの電位センサードメインのみ、つまりポアドメインのない膜タンパク質が発見され、以前発見されていたPTEN2との同一性が疑われた[2]。この膜タンパク質は電位センサードメインに類似したN末端とPTENに類似したC末端で構成されており[2]、C末端にはホスファターゼ活性があることも確認された[3]。このタンパク質が膜電位の変化に応じて機能を変化させる電位依存性という性質を有することも確認され、それゆえに電位依存性ホスファターゼという名称が与えられた[3]

VSPは後生動物のみならず後生動物の姉妹群である襟鞭毛虫にも既に存在している[3]。後生動物以降では刺胞動物扁形動物軟体動物環形動物節足動物[注釈 1]棘皮動物、そして脊椎動物を含め脊索動物にも存在していることが明らかになっている[5]。しかし全ての後生動物に存在しているわけではなく、モデル生物として著名なキイロショウジョウバエカエノラブディティス・エレガンスなどにはVSPをコードする遺伝子が存在しない[4]

同様に電位センサードメインを持つ電位依存性ナトリウムチャネル電位依存性カリウムチャネル真正細菌の時点で、電位依存性プロトンチャネル藻類の時点で遺伝子が存在しているが、VSPはこれらを起源として誕生したと考えられている[4]。また、VSPのC末端側に類似するPTENも植物酵母の時点で存在しており、VSPよりも幅広い種に存在する[4]。以上より、電位依存性イオンチャネルとPTENが発生した後の段階で、電位依存性イオンチャネルの電位センサードメインとPTENのホスファターゼ部位がエクソンシャッフリング英語版を経て生じたのではないかと思われる[4]

ほとんどの種ではVSPをコードする遺伝子は一つであるものの、ヒトを含め複数種類のVSPをコードする遺伝子が存在する場合がある。ヒトの場合、VSP様の遺伝子は8個あるといわれているが、うち6個は偽遺伝子となっている[4]。残りの2個をそれぞれVSP1、VSP2と呼んでおり、VSP1をコードする遺伝子をTPIP、VSP2をコードする遺伝子をTPTEという[注釈 2][4]

構造

電位依存性イオンチャネルと電位依存性ホスファターゼの違い。電位依存性イオンチャネルは電位センサードメインの下流がポアドメインであるが、電位依存性ホスファターゼは細胞内脱リン酸化酵素(ホスファターゼ)となっている。

VSPはN末端側に電位センサードメイン(VSD)があり、C末端に酵素としての機能を果たすホスファターゼドメイン(PD)がある。VSDとPDをつなぐ働きをするペプチドはVSD-PDリンカーと呼ばれる。ホスファターゼドメイン(PD)の下流にC2ドメインというドメインがある。

VSPは基本的に単量体として存在すると考えられている[7]。しかしながら、電位依存性プロトンチャネル[注釈 3]のように二量体を形成すると捉えることが可能な結果がX線結晶構造解析FRETを利用した相互作用解析によって報告されており、オリゴマーとして働く可能性を否定できない[7]

電位センサードメイン

カタユウレイボヤの電位依存性ホスファターゼの電位センサードメイン。N末端からC末端側に向かって青から赤へと色を変えている。最もN末端側の青の部分がS0ヘリックスの一部である。構造はQufei Liuらの解析による[8]

VSPの細胞膜を貫通するN末端側の領域を電位センサードメイン(VSD)と呼ぶ。この電位センサードメインは従来の電位依存性イオンチャネルにおける電位センサードメインに相当する[3]。膜は4回貫通しており、N末端側からS1-S4と呼ぶ[3]。性質も電位依存性イオンチャネルのものと似ており、S4に正に荷電したアルギニン残基が複数含まれていることで膜電位がプラスのときに細胞外側に移動できるようになっている[3]。S1とS3にはこれに対応してアスパラギン酸グルタミン酸といった負に荷電した酸性アミノ酸残基が存在しており、S4のアルギニン残基と塩橋を形成する[3]

VSPの電位センサードメインは電位依存性プロトンチャネルと比較的似ているものの、他の電位依存性イオンチャネルと同様にイオンの透過能はない[注釈 4][9]。ただし、電位センサードメインを形成するアミノ酸残基の一部を変異させればプロトン透過能を持たせることも可能であり[9]、このような電流はω電流と呼ばれる。電位センサードメインがイオンを通さないのは疎水性アミノ酸によって狭窄している部位があるためであり、HCS(hydrophobic constriction site)と呼ばれる[10]。VSPにおいてはS2に存在するフェニルアラニン残基がHCSの主要な残基として寄与する[11]

S1よりもN末端側にはS0というヘリックス構造が存在し、細胞膜のすぐ細胞内側で平行に走行する[3]。S0のヘリックスのみを別の種由来に変えても大した変化はなく、どのように機能に影響するかは分かっていない[12]

細胞内側

カタユウレイボヤの電位依存性ホスファターゼのホスファターゼドメインとC2ドメイン。色はオレンジがVSD-PDリンカー、水色がホスファターゼドメイン(PD)、紫がC2ドメイン、黄色がWPD loop、赤がCX5R(T/S)配列、緑がgating loop、青が515 loop。構造はLijun Liuらの解析による[13]

細胞内領域はがん抑制遺伝子として知られるPTENに類似した構造となっている[14]。PTENではN末端側からリン脂質の結合する領域、ホスファターゼドメイン(PD)、C2ドメイン、C-tailという順である。これがVSPではPDとC2ドメインを保持しており、電位センサードメインとPDの間にVSD-PDリンカーがある[15]

VSD-PDリンカー

VSD-PDリンカーは20アミノ酸残基ほどで構成される[7]。うちC末端側はPTENに近い配列であるものの、N末端側はVSP特有の配列となっている[7]。VSD-PDリンカーはVSPが膜電位に応じて酵素活性を発揮するという特徴的な性質を顕現するために重要な領域である[7]。この部分の一部を除去したり変異させたりした変異体では電位依存的なホスファターゼ活性が大いに低下してしまうことが示されており[16]、特にC末端側に存在するアルギニン残基やリシン残基といった正に荷電したアミノ酸の変異によりVSDとPDの共役が失われやすいことが報告されている[17]

ホスファターゼドメイン(PD)にはαヘリックス構造や柔軟なループ構造が存在し、C2ドメインにはβシート構造や柔軟なループ構造が存在する[14]

ホスファターゼドメイン

PDの比較的N末端側にはWPDループというループ状の構造が存在する[18]。WPDというのはチロシンホスファターゼにおいてトリプトファン(W)、プロリン(P)、アスパラギン酸(D)の順の配列が重要であるためにその名前が付いている[19]が、VSPにおいては存在しないものの類似する構造であるために同様の名称で呼ばれる[18]。WPDループの中のアスパラギン酸残基は触媒サイクルに関与している[7]

WPDループの更に25アミノ酸残基ほど後ろにはCX5R(T/S)という配列があり[18]、これは様々なチロシンホスファターゼや脂質ホスファターゼの間では高度に保存されている[3]。CX5R(T/S)とはN末端からシステイン(C)、5残基任意のアミノ酸(X)、アルギニン(R)、トレオニン(T)またはセリン(S)という配列で、VSPではCKGGKGRT[注釈 5]、PTENではCKAGKGRT[注釈 6]となっている[18]。CX5R(T/S)のシステイン残基がリン酸基に対して求核置換反応を起こすことにより脱リン酸化が起こる[20]。それゆえにVSPのCX5R(T/S)中のシステイン残基を変異させると酵素活性が失われる[20]

CX5R(T/S)モチーフの更に下流にはgating loopと呼ばれるループ状の構造がある。この部分は基質となるリン脂質が接近するために必要な部位であると考えられている[7]。PTENにおいてはVSPよりもループが短く重要なアミノ酸残基がトレオニン(T)とイソロイシン(I)であるためTIループと呼ばれるが、VSPではこの部分がグルタミン酸(E)、トレオニン(T)の順になっており別物となっている[7]

C2ドメイン

C2ドメインは他の酵素などで見られるC2ドメインと類似するドメインである。Ca2+結合のできるC2ドメインも他のタンパク質に存在することがあるが、PTENやVSPにおいてはCa2+が結合できない[7]。PTENやVSPにおけるC2ドメインの機能としては膜との相互作用を媒介したりホスファターゼドメインと結合して酵素活性を保持したりする役割があると考えられている[7]。特にC2ドメインに存在する515 loopというループ状の構造はホスファターゼドメインのWPDループと近接しており、PIP(3,4,5)P3のPI(3,4)P2への脱リン酸化に関わると考えられている[21]

生物物理学的性質

VSPの電位センサードメインは膜電位の変化に応じて構造が変化する。電位センサードメイン自体はイオンチャネルのようにはイオンを通さない[注釈 7]ものの、構造変化によって荷電性の残基が移動することで構造変化を電流としてとらえることができる[22]。このときに動く電荷に相応するものをゲーティングチャージ(gating charge)と呼ぶ[22]。このゲーティングチャージは脱分極により酵素活性を発揮するときだけでなく、脱分極から再分極して酵素活性を失うときにも逆向きに生じる[22]。この逆向きの動きは細胞質C末端側領域の状態によって変化し、細胞質C末端側領域を欠失させてしまうと再分極時の電流変化は速くなる[5]。つまり、電位センサーの動きと酵素活性は互いに影響を与え合うということである[5]。更に細胞質N末端側領域も細胞質C末端側領域の有無により構造変化が異なることからN末端も酵素活性の影響を受けていると思われる[23]

ゲーティングチャージの動きは構造変化で動いた総電荷Qと膜電位VをプロットしたQ-V曲線により推定することができる。電荷量の最大値と最小値(0C)の間のQとなる膜電位をV1/2といい、この点での接線の傾きがゲーティングチャージに相当する。VSPではこのV1/2が他の電位依存性イオンチャネルの電位センサードメインよりも大きくなっている[22]

VSPの電位センサーが膜電位に応じて動くとき、生理的条件下においてはその動きは完全な移動ではなく部分的である。つまり、電位センサーは中間状態で酵素活性を発揮するのに十分であるといえる[24]。ただし、未知の物質がVSPの電位依存性を左方シフトすることで実際には部分的な活性化ではなく完全な活性化として生理的に起こっている可能性も除外はできない[25]。このような部分的な移動はホスファターゼの基質の選択性のために重要であると考えられており、部分的活性化状態に近いとPIP3選択的となり、完全活性化状態に近いとPIP2選択的となると実験的に示唆されている[11]

VSPの電位依存性を異種発現系によって測るとき、カタユウレイボヤ英語版ゼブラフィッシュアフリカツメガエルなどのものは従来のトランスフェクションなどを用いることで測定できる[4]。しかし、哺乳類のVSPは膜への移行性が悪いためか異種発現系のみならず自然な細胞においても測定が困難である[4]。そのため哺乳類においては細胞膜では機能しない代わりにゴルジ体の膜で機能するのではないかと考えられている[4]

VSPの電位センサードメインの動きによってホスファターゼの活性が生じる原理には複数の説が提唱されている。例えば、電位センサードメインの動きによりPDと膜の距離が縮まり基質となるホスファチジルイノシトールがPDに行きやすくなるとする説や電位センサーの位置によって基質の結合部の局所構造が変化するためとする説がある[26]。前者の説を実証するためにFRETを用いた実験によると、野生型のVSPと電位センサーを動かなくしたVSPとで脱分極条件下での蛍光の変化がそこまで変わらなかったことからPDと膜との距離はあまり重要ではない可能性がある[27]。後者の説ではVSPのホスファターゼドメインの中でも特に細胞膜に突き出るようにして存在する疎水性棘(hydrophobic spine)が注目されており、疎水性棘と電位センサードメインS4下流の疎水性残基が相互作用する可能性が示されている[28]

以上の説明はS4の正荷電残基に限定したものであるが、電位センサーの動きとしてはS1が関与する可能性もある。S1を構成するアミノ酸を蛍光を発する人工的なアミノ酸に変異させた実験によると、S1細胞内側では蛍光の増強がみられ、細胞外側では蛍光の減弱が見られるという構造変化を示唆するような蛍光変化が確認されている[29]

生化学的性質

VSPはホスファターゼとして働く、脱リン酸化酵素である。構造の類似するPTENがホスファチジルイノシトール-3,4,5-トリスリン酸 PI(3,4,5)P3を脱リン酸化させるのと同様にVSPもPI(3,4,5)P3を脱リン酸化できるが、VSPはそれに加えてホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸 PI(4,5)P2ホスファチジルイノシトール-3,4-ビスリン酸 PI(3,4)P2も脱リン酸化することができる[注釈 8][7]。PTENではイノシトールの3位でしか脱リン酸化を行えない一方、VSPではイノシトールの3位・5位での脱リン酸化を行うことができる[31]。PI(3,4)2はVSPの基質である一方PI(3,4,5)3を基質とするVSPの産物でもあるため、VSPによって二面的に変化し[5]、最初はPI(3,4,5)3脱リン酸化により増加するがしだいにPI(3,4)2の脱リン酸化によって減少する[32]。どの基質に対して脱リン酸化作用を発揮するかは膜電位に依存するのではないかと考えられており[21]、膜電位が小さいとPI(3,4,5)P3を脱リン酸化し、大きいとPIP2を脱リン酸化する[11]

このようなVSPとPTENにおける基質の違いはいくつかのアミノ酸残基の違いに起因し、PTENで保存されているアミノ酸をVSPのものに変えると5位の脱リン酸化を行うことができるようになる[33]。ただし、逆にVSPで保存されているアミノ酸をPTENに変えても5位の脱リン酸化が行えなくなるという結果は得られていない[33]

生理的機能

VSPはホヤやマウス、ヒトといった幅広い種において精巣に発現していることが確認されている[30]。VSPをノックアウトしたマウスでは精子超活性化に異常が出ることから、精子の受精能獲得に重要である可能性が示唆される[34]。また、精子におけるPI(4,5)P2の分布を調べたところ、精子の鞭毛側ほどPIP2が少なくなっていたことから逆に鞭毛側においてVSPが働いている可能性がある[34]

VSPはゼブラフィッシュにおいては消化管上皮細胞でも発現している。VSPをノックアウトしたゼブラフィッシュではエンドサイトーシスによって起こる食物の吸収に異常が生じることが報告されている[35]

研究への応用

脚注

参考文献

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